クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。28歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は、vol.93 お節の新常識。ニューアルバムについてのインタビューはこちら。
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.94
カレーと蜂蜜色
vol.94 カレーと蜂蜜色
太陽の光を遮り私たちの席にスパイスカレーを運んで来てくれたお姉さんの表情は目を細めても逆光で見えず。それでも「お待たせいたしました」となめらかに空気を揺らす声色とインド食器のタールを左右の手のひらに乗せているシルエットから、その人が微笑んでいる事が容易に想像できた。コトンっと音をたて机の上に置かれた銀色のタールの上に小さなボウルの様な食器カトリが並んでいる。その内2つは私が悩んだ末にやっと決めたケララカレーと鯖のカレー、そしてダルにポリヤル、野菜と半熟卵のアーチャル、パパドにライス…!ここのターリー定食はヴォリュームがすごいのに全部食べても胃と体が全く重くならない。スパイスで血の巡りが促進され手足をポカポカにしてくれるお気に入りのお店のひとつ。
注文をする時、ターリー定食を食べるのがはじめて、とお姉さんと談笑していた隣の席の友達に、さり気なく美味しい食べ方を説明してくれた後、頭を少し傾け「ごゆっくり」とお店の奥に戻る後ろ姿は清々しく素敵だった。きっと友人も似た様なことを感じていたのだろう。テラス席に横並びに座っていた私たちは視線を合わせ、少し笑った。お手拭きとスプーンを取り、手を合わせる。恐る恐る口にカレーを運ぶ友達を横目で見守っていると、大きな目がさらに大きくなり「美味しい…!」と一言。「そうでしょー!」とハイタッチを合図に私も威勢よくカレーにありつく。
お店に着いた時と太陽の位置が変わっていて、このままあっという間に寒くなっていくことを想像しながら、眩しくない?という意味を込めてパラソルを指差すと隣に座っている友達が小刻みに首を横に振りながら「平気」と呟いた。仕事現場で食べるのが遅い!とからかわれる私よりも、マイペースに食べる友達。いつもマネージャーやスタッフの皆さんはこんな気持ちで私を見守ってくれているのかなーとポケーっとしながらカレーを食べ進め、忙しい時こそ、こういう時間って大事だなと思った。さっきまではしゃぐ子供のように煌めいていた太陽の光が蜂蜜みたいにとろみがかっていて。「この後、家でゴロゴロしない?」と誘う私に、隣で応える笑顔が心地良かった。
Text:Leo Ieiri Illustration:chii yasui