クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。28歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は、vol.92 福岡女学院に帰す。ニューアルバムについてのインタビューはこちら。
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.93
お節の新常識

vol.93 お節の新常識
年季が入った赤提灯にぼうっと中心だけがやけに明るいスタンド型看板。店先で七輪を囲むグループが座っている瓶ビールのプラケース、お酒でヴォリュームが上がりがちなそこかしこの会話。道は適度に狭く大通りからも奥まっており、旅行で行った台湾の夜市を思わせた。日が沈んだ後の風は暦通り少し冷たくなってきてはいて。満員のカウンターで肩を並べ焼き鳥を食べ終えた私たちには心地良く。「美味しかったー」とお腹を小刻みに叩く彼女の前髪が少し額に張り付いていて。その肌の湿度と色にまみれたこの街を歩く私たちの服についた焼き鳥の煙の匂いまでもが、全て完璧でありふれていた。
「行き道にあった銭湯気になっててさー。サウナもあるらしいよ」と、行っても良いし、行かなくても良い、と放った言葉に、「えー行ってみようか!」と瞳を輝かせる彼女を見て素直な人だなと思った。「じゃあ、薬局でトラベルセット買おー!」とキャーキャー言いながら信号を渡り、まだ冷房を切っていないらしい店内で身震いし顔を見合わせて笑う。
このパックが良いらしい、だの、猫っ毛だからブリーチして傷んだくらいが丁度良い、だの、棚の商品をチェックしながら、レジの列に並ぶ。「お風呂入った後、この服着て帰るのちょっとやだねー」と言う私に「こっちの方が家遠いからねー!」と怒って見せる彼女に「泊まっていけば?」と伝えると、「銭湯もいくし、なんかドキドキしてきたー!遠足みたいだね」とはしゃいでいて、大人になっても一緒にいると童心に戻れる人のことを友達って言うんだな、と思い、なんだか恥ずかしくなってかき消した。
靴を入れたロッカーの鍵を銭湯の番台のおばあさんに渡すと、「若い人が来てくれて嬉しいわー」と言われてなんだかくすぐったい気持ちになった。プラスチックの洗面器と椅子は黄色で、さっき買った試供品1回分のシャンプーのビニールを破り、液体から泡立てる。サウナは思ったよりも暑くって、椅子に腰掛けるまでの距離を爪先立ちで移動した。火照る体に冷水を浴びせる度に思考はクリアになり。乾ききっていない髪を二人して夜風になびかせながら、「今年も、もうあっという間に終わるんだろうね〜」と言い合った。「ハロウィーンが来て、あなたの誕生日が来て、クリスマスが来たらもうお正月だよ〜」と鼻歌みたいに話す彼女の横顔に「ねぇ、お節作ったことある?」と問うと、「ない!」と元気の良い返事が。「私も全品作ったことはないな〜。でも今時あんまり聞かないよね」と、話が盛り上がり。「お節、あんまり私も食べないし、そういう人多くなってるけど、日本の伝統的な習わしが消えていくのは寂しいね」と私が呟くと。「あっ!じゃあさ、家族みんなの大好物を入れるってどう?お父さんは豚の角煮、お姉ちゃんはハンバーグとか!」と彼女が瞳を輝かせて提案し、銭湯であったまった体以上に、じんわり心があったかくなった。
Text:Leo Ieiri Illustration:chii yasui