クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。28歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は、vol.91 ちょっと損をしている人。ニューアルバムについてのインタビューはこちら。
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.92
福岡女学院に帰す

vol.91 福岡女学院に帰す
中学一年生から高校一年生までの四年間。夏は水色のセーラー服に黒のリボン、冬は紺色のセーラー服に赤のリボンを結び、正門に立つ守衛さんに挨拶をしながら登下校した日々。
音楽がやりたい、と胸に決め、十六で上京するまでの多感な時期のほとんどを私はこの校舎にある教室で過ごしたのだった。
車の窓から母校を見つめ感慨に浸っていると、正門からバス停に向かう下校中の生徒が一緒に机を並べ勉強した級友たちと重なって、なぜだか泣きそうになる。そうか、あれから十二年の月日が流れたのか。
地元福岡で開催された「九州ゴスペルフェスティバル」。少し早く現地に入って、秋から始まる全国ツアーのためにラジオやテレビにも出演させていただくことになり、その中の一つが母校である福岡女学院を訪れるというロケ内容だった。台本はネタバレになるので、と読ませてもらえず…ロケ準備が整うまでの間、駐車場に止めた車の中で「わー校舎素敵ですねー!」といつも東京でお世話になっているマネージャーが感嘆の声を上げていることがなんとも不思議で。「日本で初めてセーラー服を採用した学校なんですよー。」と返しながら、これは現実なんだろうか、と思っていた。
私たちの前を自転車で横切った女の子は水色のセーラー服を風になびかせ。楽しそうにお喋りしている二人組の肩で弾むおさげに、思わず目尻が下がる。だけど、彼女たちが中学生なのか高校生なのか、見分けがつかない…。
私の同級生は母になった子も多く、東京の街を歩きながら「あれー?今抱っこされてた子、何才くらいだろー」と口にすると「三才くらいだと思うよ」と教えてくれたりして。子育てをしていたら、はて、そういうことが分かったりするものなのか、と感心したことを思い出しているとお呼びがかかった。
クリーム色のワンピースに小さなマイクを付け、敷地内を歩く。やだな、いちいち懐かしい。玄関の黄色の靴箱。階段と階段の間にある姿見。その上にかけてあった額に入った言葉。中学三年生の教室で当時どの席に座っていたのか話していると、懐かしい声が…!なんとサプライズで中学二、三、高校一年生の時に担任を受け持ってくださっていた先生方が駆けつけてくださったのだ!元気でしたかー!と何度も何度も聞いてしまう。思い出話に花が咲き、当時の写真や文集を大切に取っておいてくださっていることに、また感動した。ああ、大人になるって良い。同じ制服を着て、昨日と同じような今日で、勉強は面白いと思えないし。私はこの代わり映えのしない毎日からいつ抜け出せるんだろう、と思っていた。早く外の世界が見たかった。だけど、その毎日をもう一回やりたい、と二十八の私は確かに思った。行く場所があり、帰る場所があること、誰かに守られながら自分を探していたことに、気づいていなかった。ふと、ああじゃあ今この瞬間のことも、東京での日々もこんな風に想う日が来るんだ、と悟った。東京で音楽を続けることは、楽しい。そして、厳しい。でもそれも過去になったら、あーーー楽しかった!と振り返るのだろう。苦しいも、嬉しいも、全部感じ切って生きよう。そう思った。
「きっと時間がないと思ったから」と手渡された手紙と言葉。忘れない。次の仕事が生放送で、しっかりした挨拶も出来ずに教室を飛び出たことが本当に悔やまれる。この企画を快諾してくださった福岡女学院の皆さん、駆けつけてくださった先生方、番組のスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。
Text:Leo Ieiri Illustration:chii yasui