クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は、vol.98 中国、上海。ニューアルバムについてのインタビューはこちら。
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.99
魂の脱皮
vol.98 中国、上海
中国・上海でのライブを終え帰国した私たちは成田空港から機材と共に車に乗り込んだ。シートの背もたれに深く沈み込み、暗がりの中でゆっくりと息を吐いた。この数日の間に起こった事が全部夢みたいに思える。でも夢じゃない、嘘じゃない。ほんの数日前、笑顔で出国したあの私に戻ることはできないと魂が知っている。人は絶えず変化し、新しくなっていく生き物だという当たり前を久しぶりに思い出した気がした。脱皮した魂。まだ整理しきれていない香味的な感情はこれから舞い戻ってくる慣れ親しんだ日常生活の中で咀嚼していけば良い。朝起きて、出かけていって、働き、眠る。単純で愛おしい繰り返しの中で感情の熱が冷め、角が取れ、言葉になり、きっと未来を照らす光になる。
車内に響く「えーーー!」という驚きの声。後ろの席に座っているベース弾きの彼は、明日の夜からバイトらしい。日本と同じアジアとはいえ、慣れない環境でご飯を食べ眠り、音を鳴らすことは、莫大なエネルギーを得るし、莫大なエネルギーを放出する。消耗した体力を充電する速度は、やはり年齢と比例してくるんだろうかー、とぼんやりした頭で思うと同時に、心の底からカッコいいなと思った。高速の音にかき消されないように、みんなが気持ち声を張り、離れた席にも届くように、少し大きめにリアクションする。心地良い疲労感と達成感で、出会って間もないなりに続くポツポツした会話が、くすぐったい。
ベースの彼が心地良い低音で話し始める。「この前はじめて武道館に立たせていただいたんですけど、翌日もバイトで。時たまシフトが被る年上の男性(社長をしながら、バイトもされているパワフルなフットワークの持ち主らしい)とお客さんがいない時間帯のホールで “あー俺昨日武道館でベース弾いてたんだけどなー”“あー俺社長なんだけどなー”って言い合う」と笑いながら聞かせてくれて。その絵を想像して、私は気付いたら「それ!すごく良い!」と口に出していた。
そうなのだ。どんなステージに立っても、テレビに出ても、帰っていくのはありふれた日常で。そのギャップ、コントラストに心が追いつかなかったこともあったけど、今なら分かる。挑戦できるのは、夢を見れるのは、帰る場所、ありふれた当たり前があるから。家に帰ったらキャリーを開けて、洗濯機に洋服を突っ込み。その後に留守を守ってくれていた観葉植物たちに水をあげよう、と思った。
Text:Leo Ieiri Illustration:chii yasui