チカチカと点滅する信号に合わせてたくさんの人が足早に行ったり来たり入れ替わっていくのを眺めながら僕はSの事を待っていた。
Sと初めて会ったのは2カ月前、友人が誘ってくれた飲み会だった。普段はあまり誘いには乗らないがこの日はなんとなく気が向いたので行ってみることにした。サラリーマンの多い繁華街を抜け、狭い階段を降りた店内に入るとテーブルにはすでに男2人と女の子2人が先に席に座っていた。てっきり男だけだと思い込んでた僕は面食らいながらも端の席へ座りどうにか自己紹介を済ませた。あまり人と話すのが得意じゃないのでみんなの話をなんとなく聞きながらからあげが軟骨揚げの何倍のサイズかを考えていた。
「からあげそんな好きなの?」
見上げると向かいに座るSがニヤニヤ笑いながらこちらを見ていた。唇からは八重歯がこぼれていた。なんて返せばいいのか分からずからあげと軟骨揚げを壊れたワイパーのように交互に行き来しながら言葉に詰まっているとSは笑いながら矢継ぎ早にいろんな話題を僕に投げかけた。最近観たドラマの話、面白い漫画、音楽の話、好きな芸人の深夜ラジオと、話してみると驚くほど趣味が合うことに気づき僕も水を得た魚のように言葉が溢れた。終電も近づいてきた頃なんとなくその場にいた人達と連絡先を交換しその日はあっさり解散となった。
家路を辿る途中すぐにSからLINEが来た。それから数日にわたりやりとりを続けた。最初のうちは慣れなかったがどうにでもなれという気持ちでええいと言葉達を往復し続けてるうちにお互いに好きなバンドのライブを観に行くことになった。2人でだ。とにかく僕はこれはデートかもしれないしもしかしたらそうじゃないかもしれないしとああだこうだ考えるうちにいよいよ今日になり結局いつもと大して変わらぬ出で立ちで雨上がりのラフォーレの前に立っていた。
行き交う人達の話し声と雑踏、車の音、大きなスクリーンから流れる音楽、街に冷たく騒がしい音が渦巻いていた。僕は上着のポケットからスマートフォンを取り出し時間を確認してはまたポケットに戻すのをただ繰り返した。髪型は大丈夫か、服装はこれでいいのか、会った瞬間どんな顔しよう。今まで見たありとあらゆる物語を手当たり次第思い出してみた。もちろんそんなものが役に立つとは微塵も思っていないが他に頼るものもない。そのうちまともに考える事ができなくなり遂には何も喋らずやり過ごす方法はないかと考え始めていた頃、横断歩道の向かいにSが歩いてくるのが見えた。Sの姿が見えた途端まるで時が止まり音が無くなったように思えた。今ここで息をしてるのは僕とSだけだ。まもなくこちらに気づいたSは小さく手を振りチカチカと点滅する信号の下をイヤホンを手繰り寄せながら駆け抜けた。大きな笑顔で駆け寄るSに僕は今どんな顔してるのか自分でも分からなかった。そして最初になんて声を掛けようか考えていた。