『あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった』。謎かけのごときタイトルに惹かれて購入した本を、ボサノヴァが流れる喫茶店で読み始めてしまった。結果、困った。音と文字が一緒になって心の柔らかくなった部分を触ってくる。本を読んで涙が出るのは嫌なのに。そう思っていたら、アルバムが変わり、流れてきたのは映画『タイタニック』のあの曲。この気持ちをセリーヌ・ディオンに回収されてはイカン!と思って慌てて本を閉じた。誰かがいなくなる、その瞬間のことを考えるのは怖い。
小説の主人公はおじいさんなのだが、同時に、父のボルサリーノ購入記念に写真を撮られる子供でもあり、8ミリカメラで短編映画を撮る高校生であって、ひとまわり上のユキコさんの父に投げ飛ばされる婚約者にもなれば、妻の老いを見つめる夫としても登場する。男が過去を振り返るというよりは、過去がいくつも同時再生されて、離れているはずの時間が滑らかにつながる。〈どうでもいいことを不意に浮上させる記憶の仕組み〉を信頼して、文字に写し取って、こんなにも瑞々しい。時間も話し手も動いて読み手を迷わせ立ち止まらせる。急速でないその時間の流れ方が読者の記憶にも入りこむ、この視点の置き場が、楽しい。
川崎徹の小説を読むのは初めてだった。見知っていたのはその広告。70〜80年代の、キンチョール「トンデレラ、シンデレラ」(研ナオコの無垢さ!)や「ハエハエカカカ、キンチョール」(郷ひろみの歯が!)、富士フイルム「美しい方はより美しく、そうでない方はそれなりに写ります」など、幾多の伝説的CMを手がけた広告界の大スターなのだった。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』に出演していたことを今さら知り、テレビっ子がここにきて羨ましい。
『あなたが子供だった頃、 わたしはもう大人だった』
川崎 徹
河出書房新社 ¥2,200