立場も職業も異なる4人がそれぞれの視点で見つめる「連ドラ」カルチャー。“プロ視聴者”の私的ヒストリーの奥に輝く、ドラマならではの魅力とは? 短期連載 #だからドラマが好きなんです
早稲田大学教授・岡室美奈子のドラマ愛
数カ月単位で物語と一緒に歩む
社会全体の共有体験
研究者としてテレビ文化を見つめる岡室さんにとって、ドラマは物心ついた頃から身近な存在だった。
「あまり人の輪に入っていけない子どもで、幼稚園に行かずに家のテレビの前にペタンと座っていました。母親がテレビ好きだったこともあり、一緒にドラマを観てはああだこうだと話して。まさに〝お茶の間〟ですよね。小学校のときに触れたのは山田太一作品。世の中にはスパッと解決できない問題があるのだと学んだのも、ドラマからでした。不条理について考えさせられる作品をたくさん観て。子ども向けに思われがちですが『ウルトラQ』(66)もある意味不条理ドラマでした(笑)。いわゆる勧善懲悪ではないストーリーへの好みが、この頃から醸成されていたのだと思います」
初めての「推し」ができたのは60年代。『おはなはん』(66)で高橋幸治が登場するシーンに胸を射抜かれた。
「実際は人力車に乗ってきたのに、白馬に乗って現れたと脳内変換されたくらい光輝いていたんです」
70年代に10代を過ごすが、当時ブームだったホームドラマにはあまりハマらず。
「でも、脚本家の向田邦子さんや『ありがとう』(70)を書いた平岩弓枝さんなど、いろいろなタイプの才能が活躍していました。カラフルな時期でしたね」
古いと思っていた時代劇にも新しい波がやってきて、映像に魅了された。
「市川崑劇場と銘打たれた『木枯し紋次郎』(72)は、オープニングが斬新でした。動画とスチールを組み合わせた映像がとてもかっこいい。時代劇なのに主題歌がなぜかフォークソング調という自由さも面白い。主演の中村敦夫のニヒルな渡世人ぶりも素敵なんです」
研究者としては、テレビドラマの開かれたメディアとしての側面に着目する。
「テレビは、お金を払わずに多くの人が同じものを観られる。私は映画も大好きですが、チケットを買わなければいけませんよね。配信サービスは、自由に作品を選んでいるつもりでも実はアルゴリズムに選ばされていたりする。その点、テレビには『たまたまやっているものを観る』という偶然の出合いがあります。とても民主的なメディアだと言えるのではないでしょうか」
一気観できない連続ドラマだからこそ、3カ月や半年の間、登場人物たちと一緒に歩むという経験も得られる。
「例えば4月クールの『アンメット』では、ミヤビ(杉咲花)と三瓶先生(若葉竜也)の距離が縮まっていく過程に視聴者が伴走。物語と共に観る側の気持ちも熟成していくのだなと気づかされましたね」
幅広い視聴者層と数カ月単位の放送期間を持つドラマは社会の鏡となるし、また、価値観を発信する装置にもなる。そうした見方で岡室さんが評価する一本が、WOWOWの『フェンス』(23)だ。
「脚本は野木亜紀子さん。沖縄の基地問題というセンシティブな話にここまで切り込むか、と驚嘆しました。さすがの手腕で、ミステリー要素をはらんだエンターテイメントに仕上げています。メッセージを発するという観点では『新宿野戦病院』(24)も大好き。宮藤(官九郎)さんの脚本には〝正しい〟人は出てこなくて、ダメな人が間違ったことをしてばかり(笑)。そんなキャラクターたちが、実際には不平等がはびこる歌舞伎町を舞台に『命は平等だ』と訴えかける姿に胸を打たれました」
昨今、放送後はすぐさま感想コメントがネットに飛び交う。そうして社会全体でコンテンツを共有できることに、ドラマの良さがあると岡室さん。
「かつての〝お茶の間〟は無くなりつつあり、今はSNSがその代わりになっている気がします。同じ話を観て、思ったことを呟き、それによって共同体ができていく。ただ、制作側を挫けさせるようなコメントは減ってほしい(苦笑)。たしかに批判が出るというのは、民主的なメディアであることの裏返しですが、より良い作品が生まれるための批判であってほしい。多様なコンテンツがあふれる今だからこそ、ドラマを作る方々を本当に応援したいと思います」
Illustration_Yutaka Nojima Text&Edit_Motoko Kuroki