俳優・太賀は考える。「カッコいい大人の男の定義とは、一体何か」。 そんな彼がいい男になるべく、素敵な女性からアドバイスと金言をいただくこの連載。 彼が「初めて活字を読んで泣いた」という小説『サラバ!』の作者・西加奈子さんをゲストに迎えた第2回。作品同様、西さんの言葉に勇気をもらったようである…。
西 加奈子さん、いい男って、なんですか? 俳優・太賀が聞くvol.2


西 歯に海苔ついてる人に、「ついてるやん!」って言える?
太賀 言えない(笑)。でも、それを言える関係性がいいですよね。
太賀 僕、西さんのファンなんです。
西 めちゃくちゃうれしいです、光栄です!
太賀 尊敬している師匠みたいな人から、「読んでいると太賀を思い出したんだよね」と『サラバ!』をすすめられて読みました。これまで活字を読んで泣くということがなかったんですけど、涙がボロボロと止まらなくなり、上巻を15分くらい愛でていたんです(笑)。
西 えー!
太賀 どう形容していいか分からないんですが、〝救われた〟というか、言葉ひとつひとつがバチーンと響いて…。とにかく西さんは偉大なんです!そんな西さんが思ういい男ってどんな人なんだろうって。
西 太賀さん、充分いい男やと思います。
太賀 いやいやいや。うれしいですけど…。
西 私は、自分の弱いところを知っている人が、男女問わずいいなって思うんです。このあいだ、舞台『セールスマンの死』を観に行って、その〝男たるもの、強くなきゃいかん〟みたいな世界観が、むっちゃ、しんどかった。
太賀 マッチョイズムみたいな。
西 そうそう。強さを引き受けてくれる人は世の中には必要やけど、強くあろうと固くなりすぎたら、圧がかかったときにバキっと折れてしまうでしょ?でも、自分に弱いところがあると自覚している人って、柔らかい。しなやかで、曲がるけど折れないと思うんです。
太賀 なるほど。
西 その点、太賀さんは、こうやってお話ししていても、笑い出すのか、泣き出すのか、怒り出すのか、まったくわからない顔をしていて。そんなふうに人間の複雑性を顔に出せるというのは、自分をさらけ出せているということやし、強いことやなって思うんです。だから、もう充分ちゃうんって。


自分の弱さを知っている人が、
しなやかで強いと思う。
太賀 えー、うれしいなぁ…!僕、普段の自分でいるときに、〝強くならなきゃ〟というマインドがどうしても拭えなくて。でも、今の話を聞いて、なるほどな、と思いました。
西 でも、自分も女性やけどある意味マッチョイズムがあって。
太賀 そうなんですか?
西 たとえば、子どもを産む前後には〝強くて優しい母親であらな〟という思いがあったと思う。母乳をあげているときに悪口を言おうとしても、子どもに黒いものをあげたくないと思っちゃったり。でも、ある日、〝いや、人間やし!〟と。この子やって真っ白に育つわけないんやし、「お母さん、悪口言うし卑怯やで」って言うたら、めちゃめちゃ楽になったの。それで強さを得たとは言いたくないけど、自分に負の部分がないと思い続けるのはしんどいし、絶対に途中で折れるから。でも、固くてかっこええ人もおるよね。
太賀 いますよね!
西 でも、そういう人って、飲んでて気を遣わへん?その人のカッコ悪いところ、絶対に見ないようにしようってなるし。歯に海苔がついてても、言われへんやん?
太賀 たしかに(笑)。
西 でも、私は「海苔ついてますやん!」って言ってあげられるような人が楽。
太賀 スキがある人ってことなんですか?
西 〝カッコ悪いところを見せられる人〟ってことかな。自分のレールから降りない人はカッコええけど、たまには降りてくれやって思う。太賀さんはレールから降りてきてくれるし、歩く速度を合わせてくれる人でしょ。でも、そうやって気遣いができるからこそ、そうじゃないアーティスト側の人に憧れる時期があったりもしますよね。
太賀 わかります。無頼みたいな人にすごく憧れるし、なんなら、そっちに行ってもいいかなって思うくらい(笑)。
西 そんな夜があってもええけどな。でも、その日は風呂がめっちゃ長くなるで。私もミステリアスな女性を演じて疲れるときがある。
太賀 あははは(笑)。むしろ、最近、そういうカッコつけたり、気取ったりすることが増えたかもしれません。
西 でも、それがお仕事では大切なことやったりもするんでしょ?
太賀 ですけど、背伸びをして、家でぐでーっとなることがたくさんあって。
西 自覚できてるだけいいよね。20代なんて一番イキりたい時期やろうに、そういうことをしないのがエラいよね。
太賀 イキりたい反面、いい男として違う在り方があるんじゃないかなっていうのが、なんとなくわかってきたのかもしれません。

男女関係なく、グッとくる。
太賀 西さんの作品を読みながらいい男像を探ってみたら、『きいろいゾウ』の〝つよしよわしさん〟みたいな人が、カッコよく描かれているんだと気づきました。西 基本、誰かに物差しを預けていない人。いわゆる〝お金を持ってる〟とかは、みんなが持っている物差しで、おもんないやん。それよりも〝何がええん、それ〟みたいな物差しを持っているほうが男女問わずグッとくる。
太賀 そこに誇りを持っているような。
西 うん。今、こういうお仕事をしていて、太賀さんに会えたりとか、憧れてた芸能人と会えたりもするけど、それを自分の目標にしてしまったら絶対しんどいと思う。このあいだ、〝誰々さんに会った!〟とミーハーな気持ちで帰っていて。家の近くに、誰かが固まる前に座ったのか、むにゃって凹んでるコンクリートがあって、ずっと座ってみたかったの。
太賀 あははは。
西 で、夜やし、酔っぱらってるのもあって座ってみたら、めっちゃぴったりでうれしいってなって…。〝芸能人に会った〟より〝このくぼみが好き〟というほうがうれしい人生のほうが豊かやし、強度があると思った。このことを忘れへんって思ったんよ。
太賀 ステキな1日ですね。
西 いつか、そういうくぼみのことを見逃してしまう夜がくるから、気づける自分でありたいなって。今は何をしてるときが楽しい?
太賀 えー、うーん、洗濯ですね。
西 なんで??
太賀 汚いものがキレイになるのがうれしいし、部屋が柔軟剤の香りでいっぱいになる時間が好きですね。西さんは?
西 子どもかな。見てるとめちゃめちゃおもろい。それこそ子どもにしかない物差しがあるから。大人が好きな物はどうでもいいし、価値観がぶっ壊れているから。〝これがおもろいんや、怖いんや〟というのが感動的やねん。
太賀 先日、『サラバ!』をすすめてくれた師匠に子どもが生まれたんですけど、初めて対面した時にとっても感動したんです。「かわい〜〜〜〜!!!」って。あやしているときの高揚も忘れられません。その奇跡と神秘にやられてしまって。自分の人生において、子どもが欲しいという気持ちが確立されて、うれしかったです。
西 無力やけど、何からも自由で感動するよね。それに、子どもを連れてると独り言を言いやすくなっていいよ。「富士山きれいなぁ!」って大声で言って皆に無視されても、「なぁ〜」って子どもに向けて言えば大丈夫やから。大声で歌ってるおっさんの気持ちとか、よくわかる。みんな感情を出すことを我慢していて、本当は大声で挨拶したりしたいんよ。
太賀 見える景色がもっとクリアになりそう。
西 でも、太賀さんは顔を出すお仕事だから、抑えなきゃいけないこともあると思うけど。
太賀 いや、これからは思いっきり出していきたいと思います!自分を解放します!
今回の学び
いい男とは、
自分の物差しを
持っていること
太賀 コート ¥92,000、靴 ¥80,000(共にフィグベル │ プロッド 03-6427-8345)/スウェットパーカ ¥22,000(レディ ホワイト │ 乱痴気セントリューム 03-5766-8415)/ユーズドのスラックス ¥7,900(トランポット 03-5773-4210)
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太賀
1993年生まれ、東京都出身。2006年デビュー。主演映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』、出演映画『来る』が公開中。映画『きばいやんせ!私』が3月9日に公開予定。
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西 加奈子
1977年、テヘラン生まれ。カイロ・大阪育ち。2004年『あおい』でデビュー。2015年『サラバ!』で第152回直木三十五賞受賞。近著に『おまじない』(筑摩書房)。