阪神・淡路大震災から30年となる2025年1月17日に公開される『港に灯がともる』。初の主演映画となった作品への取り組み方から、撮影後に見えてきた景色をたずねた。
富田望生にインタビュー
神戸で拓いた新たな道と拠り所

「誰よりも灯の味方でいたいんです」
あどけない笑顔の中に芯の強さが垣間見られる。2025年1月17日封切り予定の『港に灯がともる』にて映画では初の主役を務めた。富田が演じるのは、神戸市長田区で暮らしていた家族のもとに生まれた在日韓国人3世の女性・灯だ。このエリアは1995年に起きた阪神・淡路大震災で甚大な被害を受けた。だが、当時、灯はまだ生まれていなかったため、被災経験はない。さらに、父親から日本へ渡ってきた祖父母の苦労話を耳にタコができるほど聞かされており、二つの大きな要因によって傷ついた家族と向き合ううちに、灯自身もバランスを崩していく。人の脆さを丹念に描いた本作は観る者の心に揺さぶりをかける。依頼を受けた折にすぐには返事ができなかったと振り返る。
「最初は脚本ではなく、企画書と長いあらすじをいただきました。高校卒業から現在までの10数年間に灯が体験するエピソードと、登場人物を詳しく書いてくださっていました。それを読んでさまざまなゆらぎを抱えた女の子であるということがわかりました。だから、即答するのは失礼に値すると考えたものです。また、震災から30年のタイミングでの公開を目指すという製作陣の意気込みに私も追いつきたいという思いもあった。そのためお返事までに3週間ほどの時間をいただきました。最初から辞退という選択肢はなかったんですけれど、作品と対峙する覚悟を決める必要があったんです」
腹を括るために「阪神・淡路大震災」と「在日韓国人」について知識をつけることはした?
「いいえ。実際に脚本をいただいた時は、調べた方がいいのかな?と、一瞬、迷いました。でも、灯は在日韓国人という自覚は家族と比べて薄いですし、地震の恐ろしさも直接は知りません。また、彼女が発症する双極性障害にもさまざまな症状があります。情報を入れてイメージを固めない方がいいと判断したんです。それよりも舞台である神戸で暮らし、土地の空気を吸い、地元の方達と会う。そうやって灯を自分に馴染ませていきました。実は、過去イチ、まっさらな状態で現場に入ったんですよ」
聞けばこれまでは人物の背景を調べ尽くしてから、役作りをしていたそう。真逆のアプローチを試みたことで、違った景色が見えてきた。
「相手が発する言葉をいかにキャッチできるかということにセンサーを張っていましたね。家族と対立するお父さんとの対話や、職場の上司である青山さんと初めて会った時の反応とか、役を固めなかったからこそ新鮮に受け取れました。そうそう、完成版の試写で不思議な体験をしたんです。これまでは作品をチェックするたびに『ここの芝居はもうちょっとああすればよかった』とか、一人反省会を繰り広げていたものです。でも今回は、スクリーンに映る彼女は灯でしかなかった。灯が深呼吸をすると、つられて私も息を吸っていた。演じていたからわかるというのとは、ちょっと違った感覚です。私も一人の観客として灯に見入っていました」
物語の展開と同じ流れで撮影が進んだことも、灯として生きられた理由であるという。
「18歳からのおよそ12年間の道を一緒にたどれたので、彼女の感情と伴走できました。前半で心が弾けた灯は精神科医から『私たちはグラデーションの中で生きている』という言葉をもらいます。後に青山さんの設計事務所で勤めるようになっても、このフレーズは指針となりました。同時に私にも響きまして。人生は階段ではなく坂道だと思ったんです。1段登ったとか明確さはなく、前にも進むし、疲れて立ち止まる日や後退もある。生きるのはその繰り返しなのかもしれないと」
灯の重力に耐えられなくなった時もあった。
「灯が長い年月をかけて成長していく過程を私は2カ月弱で体験しなければなりませんでした。そのため、心よりもカラダが追いつかなくなる瞬間もあったんです。ロケ地の丸五市場で休んでいると地元の方が『本当に頑張っているね』と声をかけてくれたり、何も言わずに水だけそっと置いてくださるなど。私がクタクタになっている核心には触れずに包んでくれる優しさに救われました。また、監督の(安達)もじりさんをはじめスタッフの皆さんはその日の撮影を終えるたびに、神戸の街へ連れ出してくれていました。そこでは灯から富田望生に切り替わったと判断するまで、ずっと私の話を聞いてくださってたんです。自分はグラデーションの最中にいたために気づかなかったんですけれど、役のスイッチが切れると途端に俯瞰して喋るようになり目の色も変わるそうなんです。自宅まで持ち帰るタイプとしては、皆さんの心遣いがとてもありがたかったです」
身も心も一体となった本作は第37回東京国際映画祭で2日間上映された。
「うれしいことに『心の拠り所となった』という感想をいただきました。まさにこの作品のテーマの一つでもあったので、ちゃんと、届いていると。それぞれの人にとっての暮らしやすさを見つけられる世界になればいいなと思っています」

ちなみに自身にとっての"居場所"とは?
「かけがえのない存在はふるさとの福島です。また、別軸で神戸も大好きになりました。なんだか、すごく落ち着くんですよ。正直、最初は丸五市場の雰囲気に圧倒されていたんですけどね(笑)。でも、知らぬ間に馴染んでいた。撮影が終わってからも通っているほどです。丸五市場でそば飯を食べてお世話になった方のお宅を訪ねたり、青山さんの事務所があった場所を散策したりしています。この前も撮影でおじゃました食堂のおじちゃんが次々とご飯を出してきてくれて。本当にあったかい所です。昔からいろんな背景を持った人が行き来してきた港町ならではの、受け入れる度量の大きさに惹かれます。困っていたら手を差し伸べてくれつつも、プライベートには踏み込みすぎない。そんな絶妙な距離の取り方が私に合っているのかもしれません。その空気感のおかげで私は新たな一歩を踏み出せましたしね」
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『港に灯がともる』
阪神・淡路大震災の翌月に在日韓国人3世として生まれた灯。両親から地震や家族の歴史を聞かされてもピンとこず、孤独を募らせる日々を送っていたのだが。監督・安達もじり、脚本・川島天見。
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富田望生
とみた・みう>> 2000年、福島県生まれ。15年に映画『ソロモンの偽証』で俳優活動を開始し、以後数多くの作品に参加。現在、大塚製薬「ボディメンテ」のCMに出演中。
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