不世出の脚本家・向田邦子による『阿修羅のごとく』は、ホームドラマにおいて新たな女性像を提示した。世界的名匠・是枝裕和は、この傑作ドラマをどのようにリメイクしたのか。昭和の家族劇が、現代に蘇る。
『阿修羅のごとく』是枝裕和監督にインタビュー
名作を脚色し、女性像をアップデート

数々の名作ドラマを執筆し、優れたエッセイや小説も残した脚本家、向田邦子の代表作『阿修羅のごとく』が、是枝裕和監督の手によってリメイクされた。
最も尊敬し、自分にいちばん影響を与えた脚本家──是枝は向田について、繰り返しそう語ってきた。なかでも『阿修羅のごとく』は、好きな向田作品として真っ先に挙げてきたホームドラマだ。
「素晴らしいのは女性たちの人物描写ですよね。テレビのホームドラマでは、それまで家庭を守る理想の母親像が主流でした。ところが1970年代になって、山田太一さんがより現実的な葛藤を抱える女性像を描くようになった。おそらく向田さんは刺激を受けたんでしょう。『寺内貫太郎一家』のようなコメディタッチの作風から、描く女性像が大きく変化していって、『阿修羅のごとく』では女性たちの争いや性の問題を表現しました。それはホームドラマのなかでは描かれたことのない、リアルな女性像だったと思います」
だが向田は、79〜80年に放送された『阿修羅のごとく』の直後、81年に飛行機事故で命を落としてしまう。享年51歳だった。
「彼女はこの先どんな作品を書くんだろう。そんな想像がものすごく膨らんだところで、キャリアが突然終わってしまった。それも大きかったと思いますよ。『阿修羅のごとく』が、彼女の集大成として語り継がれることになったのは」
今回のリメイクは、TBSドラマの黄金期を支えた名プロデューサー八木康夫が企画し、是枝に話を持ちかけたものだ。八木によれば、是枝は「これを他の人には撮らせたくない」と、すぐさま依頼に応じたという。是枝本人は「そんな傲慢な言い方をしたかな?」と笑って首をかしげるが、いずれにせよ、多忙なスケジュールを縫ってでも、彼は自らこの作品を監督したいと強く思った。
「オリジナルの完成度が相当に高いので、初めは向田さんの脚本を一字一句変えずに撮ろうと思ったんです」
ところが制作にあたり、実妹の向田和子のもとを訪ねたところ、彼女から信じられないようなことを言われた。
「姉が忙しかった時期の粗い仕事だから、脚本は好きなようにしてくださいと言われたんですね。それでいてあの完成度なのかと、びっくりしました(笑)」
『阿修羅のごとく』は、ある4姉妹の物語だ。未亡人の長女、専業主婦の次女、恋愛には縁遠い三女、ボクサーと同棲中の四女が、父の愛人問題をきっかけに、それぞれの秘密や苦悩をあらわにしていく。
4姉妹に扮するのは、宮沢りえ、尾野真千子、蒼井優、広瀬すず。是枝は彼女たちのキャラクターに沿って、オリジナルの脚本に手を加えていった。だが次第に、彼の脚色は女性像をアップデートする方向へ向かうことになる。
「オリジナルが作られた当時の、時代の制約をとくに受けているのが、夫の不倫に悶々とする専業主婦の次女です。彼女の姿は、当時としてはリアルだったんでしょうが、いまの視聴者が観たときにいちばん共感しにくいキャラクターかもしれません。彼女だけでなく、妻帯者と密会を重ねている長女の後ろめたさ、三女の男性経験の乏しさ、男に引きずられていく四女の弱さも、現在の視点から見るとそれぞれ少し気になった。そこはアップデートしようと思いました」
また向田が本作で描こうとした性の問題については、是枝は次のように解釈して、現代的な視点から4姉妹を描写した。
「たぶん向田さんは、性に根差した人間の本質的な部分を描こうとしたんでしょうね。その点をおさえたうえで、オリジナルと大きく変えたのが四女のキャラクターです。シリーズの後半、男性に奔放でみそっかす扱いされてきた四女は、他の3人と経済的な立場が逆転して、ある種の優越感で暴走していく。オリジナルでは男の夢に引きずられていた四女を、主体的に行動する女性として描き直すことで、自ら幸せを手にしようとする意志の強さをよりくっきりさせたつもりです」
Photo_Mikiya Takimoto Text_Yusuke Monma