1983年、『戦場のメリークリスマス』を観た一人の女性監督は、坂本龍一に強く惹かれた。翌年、東京で撮影されたドキュメンタリー『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』(2026年1月16日公開)は、音楽家・坂本龍一の素顔と、都市・東京の音を記録した貴重な作品だ。4K レストア版公開を前に、監督が当時を語る。
エリザベス・レナード監督が見た32歳の坂本龍一
『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』4K レストア版が映す1984年の東京

幻のドキュメンタリーが約40年の時を経てスクリーンに蘇る
2023年3月28日にこの世を去った坂本龍一。24年から25年にかけて開催された展覧会「坂本龍一|音を視る 時を聴く」には世界中から来場者が訪れ、東京都現代美術館史上最多の34万人超を動員。その後、万博で沸く大阪では企画展『sakamotocommon OSAKA』が開催。11月にはドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』が公開されるなど、今も多くの人がその才能に魅せられ続けている。
2026年、満を持して劇場公開されるのは約40年ぶりにスクリーンで蘇る『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』4K レストア版。日本では第1回東京国際映画祭で上映されただけで、これまで幻のドキュメンタリーとされてきた。近年、ようやく16mmフィルムが発見され、修復を経てデジタル化が実現した。
「とてもハンサムで、セクシーだった」

監督はニューヨーク出身のマルチメディアアーティスト、エリザベス・レナード。1983年、カンヌ国際映画祭で『戦場のメリークリスマス』のプレミア上映を観て、坂本龍一の姿と音楽に衝撃を受けた監督はフランス国立視聴覚研究所(INA)と本作を制作。コンセプトは「“東京の音を、坂本龍一という人物のポートレイトとともに描く”というシンプルなものだった」と話す。
「『戦場のメリークリスマス』を観て、とてもハンサムでセクシーな人だと思いました。音楽も素晴らしかったのですが、カメラマンとして男性を撮ってきた私からすれば、彼は被写体としてとても優れていると感じたんです。シャイという噂でしたが、実際にお会いしてみると、とても感じの良い方で、こちらのばかばかしいようなお願いにも面白がって、なんでも応じてくれました」
映画の冒頭はメイクをした坂本による、ジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』(1960)のジーン・セバーグをオマージュしたカットから始まる。『ラストエンペラー』(1987)で日本人初のアカデミー賞オリジナル音楽作曲賞を受賞。同じくベルナルド・ベルトルッチ監督との『シェルタリング・スカイ』(1990)やアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督との『レヴェナント:蘇えりし者』(2015)など数々の名作を手掛け、映画音楽の第一人者というイメージも強い坂本龍一。だが、80年代はまるでアイドルのようにテレビやCMで人気を博し、音楽性はもとより、ルックスにも注目が集まっていた。

「『戦場のメリークリスマス』では俳優として、しっかり役を演じていたと思いますが、ここに映っているのは素顔の坂本さんです。おもちゃのカメラで遊んだり、新宿の通りで写真を拾ったり、東京タワーのコピー機で手相を見てもらったり、全てアドリブでやってくれました。広告に出演したり、ビデオクリップなどを作ったりして、カメラ前に立つことに慣れている様子でした」
「矢野(顕子)さんの方が自分よりずっとピアノが上手い」

劇中にはその頃、結婚していた矢野顕子と「東風(Tong Poo)」(ゴダールの映画から名付けられた曲)を連弾する貴重な場面もある。坂本が亡くなった際、矢野が「親愛なる龍一さん。もう一度、ピアノの連弾をしませんか? あなたがいなくなってとてもさみしいです」と追悼文を送ったことは有名。
「あれもまた、偶然の産物です。『坂本さんのご自宅で撮影したい』とお願いしたら、『日本では家のことは奥さんが決めるので、確認してみます』と言って、矢野さんに承諾を得てくれました。私を含めた6人ほどの小さなクルーでお邪魔してみると、大きなリビングにグランドピアノが置いてあったんです。ピアノの前で坂本さんにインタビューしようと試みて、せっかくだから、一緒にピアノを弾いてもらえないだろうかとお尋ねしたら、矢野さんが快諾してくださいました。坂本さんはまさか彼女がOKするとは思っていなかったようですけど(笑)。映画を観たらすぐにわかりますが、矢野さんの手にはバンドエイドが貼ってあります。そんなこともまるで気にせず、2人で本当に楽しそうに連弾してくださいました。坂本さんは『矢野さんの方が自分よりずっとピアノが上手い』と話していましたが、確かに矢野さんのパフォーマーとしての魅力は凄まじく、彼女の才能を認めている坂本さんは根っからの作曲家なんだと思ったことを覚えています」
未来都市のように感じられた、80年代の東京

1984年、32歳だった坂本龍一。彼が自分の作曲スタイルについて語る映像も貴重なら、背景に映っている80年代の東京の街並みもまた斬新。
「東京は広いので、ロケハンには1ヶ月ぐらい、かかりました。Googleマップなんてない時代ですから、フランスで買った東京のガイドブックを片手に必死で歩き回りました。YMOがアメリカツアーをした時のマネージャーだったキキ・三宅さんが、東京らしい場所として、新宿や秋葉原をお勧めしてくれました。坂本さんにも撮っておいた方がいい場所をお聞きしたら、自殺者の多さで社会問題にもなった高島平団地を挙げてくださったので、作品の中ではブルーに色付けして取り上げています」

原宿の竹の子族、公衆電話、地下鉄の改札で切符を切る駅員……いまや失われてしまった光景も数多く観られる。まるでタイムカプセルのように開けた途端に広がる80年代ならではの東京と音。
「いま、観るとタイムカプセルのように見えるかもしれません。でも、あの頃の東京はむしろすごく未来的に感じられました。新宿のアルタ前に立つ坂本さんの背後で、坂本さんの映像が流れているのは、『ブレードランナー』(1982)のイメージです。わざわざ坂本さんの映っているCMのビデオカセットを持って行って、あそこで流しました。秋葉原の電気街も専門的で、どの国にもない、モダンさを感じました。一方で、祭りのお神輿があったり、明治神宮では普通に参拝している人がいて、古くからのものも大切に残されていると思いました。私の目に映った東京は、最先端と古代から続く歴史が共存している、とても素敵な街でした。日本で公開されるまで、思いがけず、40年もかかってしまいましたが、これから多くの人に楽しんでいただきたいと思っています」
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映画『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』4Kレストア版
1984年5月、当時32歳 ——世界的音楽家・坂本龍一の日常を初めてフィルムに収めた、幻のドキュメンタリーが、約40年の時を経てついに劇場公開。
監督:エリザベス・レナード
出演:坂本龍一、矢野顕子、細野晴臣、高橋幸宏
撮影:ジャック・パマール
編集:鈴木マキコ
音楽:坂本龍一
録音:ジャン・クロード・ブリッソン
プロデューサー:ミュリエル・ローズ
スーパーバイジング・プロデューサー:キキ・三宅
制作会社:INA、KAB America Inc.、KAB Inc.
©Elizabeth Lennard
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Elizabeth Lennard
Elizabeth Lennard>> 1953年、ニューヨーク出身のマルチメディア・アーティスト。1978年にパリへ移り住み、現在もパリを拠点に活動。1979年にはポンピドゥー・センターで個展を開催し、その後も複数のグループ展に参加している。最新作は『The Unbearable Lightness, the 1980s, photography, film』(2016)。彼女のパフォーマンスやビデオ・オブジェは、ルーブル美術館、グラン・パレ、ヴェルサイユ宮殿などでも展示されている。
Text_Aki Takayama

