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松田聖子の80年代伝説Vol.5 松本隆や大滝詠一との出会いが、ポップス史に残る名盤を生んだ4thアルバム『風立ちぬ』〜前編〜

松田聖子の80年代伝説Vol.5 松本隆や大滝詠一との出会いが、ポップス史に残る名盤を生んだ4thアルバム『風立ちぬ』〜前編〜

昭和から令和へと変わってもトップアイドルとして輝き続ける松田聖子さん。カセットテープ1本から彼女を発見し育てた名プロデューサー・若松宗雄さんが、24曲連続チャート1位という輝かしい伝説を残した80年代の松田聖子さんのシングルと名作アルバムを語る連載。80年代カルチャーで育ったライター・水原空気がインタビュー。

第5回目は、大滝詠一らとの出会いで、アーティストとしてさらなる飛躍を見せたアルバム『風立ちぬ』についての前編。前回の記事新作家陣と新たな松田聖子像を見せた3rdアルバム『Silhouette』も合わせてチェック。


ライター水原(以下M) 今作から作詞がすべて松本隆さんになりました。

若松さん(以下W) はい。前のアルバムで一曲お願いしたら、すごく聖子の声と合って。シングルもぜひと思い『白いパラソル』をオファーし、さらに次のアルバムも、という流れでした。

M 若松さんのYouTubeでも触れていたのであえて切り込みますが、『白いパラソル』には少し派手な幻のバージョンが存在しますよね。

W そうですね(笑)。

M 直前のシングル『夏の扉』に近いようなイメージで。

W 2年目となると、どうしても慣れが出てきますから、誰しも安心感のある前の路線を踏襲しがち。それでは新鮮な色合いが出ない。当時そういった試行錯誤を繰り返していました。『白いパラソル』では、最後のミックスダウン(歌とサウンドのバランスを取る作業)を何度もやり直しました。それで歌の印象が大きく変わりますから。

M 音数の少ないイントロとスローテンポがおしゃれです。

W 当初少し地味かなとも思ったのですが、財津さんが「冒頭の♪お願いよ~のメロディがしっかりしているから、絶対大丈夫だよ」と。

M その結果、斬新な夏の歌が完成し、『ザ・ベストテン』では初登場1位でした。松本隆さんを起用された最大の理由は?

W 私が、松本さんが詞を書かれた太田裕美さんの『木綿のハンカチーフ』を好きで。聖子には娯楽性があるから、そこに洋楽的な新しいサウンドと松本さんの文学的な魅力がプラスされれば、さらにいい作品になると確信していたんです。

M 松本さんはインタビューで、若松さんから、聖子を太田裕美さんのような長く愛される歌手にしてほしいとオファーがあったと。

W 確かに「一過性のアイドルではなく、長くみなさんに愛してもらえるようなシンガーにしてください」とお伝えしましたね。

M 『白いパラソル』には、「涙を糸でつなげば真珠の首飾り」といった、うなるようなフレーズがあったり、さらにB面の『花一色~野菊のささやき~』にも、「人の夢とペンと書けば儚いと読む」と。この曲を聴いて、当時の学生は「儚い」という漢字を全員書けたんじゃないでしょうか。

W あの曲は『野菊の墓』(1981年8月8日公開)という聖子の第一回目の主演映画の主題歌で。挿入歌の『野の花にそよ風~サブテーマ「雲」』も、のちにベスト盤に入れましたが人気が高かったですね。

 

松田聖子、第二章とも呼ぶべき進化が
この2曲から始まった!!

M そして『風立ちぬ』の制作に入るわけですが、大滝さんには最初から5曲依頼されていたんですか?

W いや。まずはシングルの『風立ちぬ』をお願いして。少しずつ他の曲も完成していきました。でも大滝さんのレコーディングスタイルは独特で今までとやり方が違ったので、当初聖子も戸惑ってしまい。

M というと?

W 通常は簡単なアレンジを入れたデモテープが用意されているのですが、大滝さんの場合は何もなくて。スタジオでいきなり大滝さんがピアノを弾き始めて、それに合わせて聖子がその場で歌いながらメロディを覚えていくんです。ただ、途中で曲がどんどん変わっていくし、聖子が間違うと、「それもいいねぇ」と言いながら変えていく。なので、聖子も最初は混乱してね。でも次のレコーディングでは切り替えて、笑顔で歌い始めて。

M それはきっとアーティスト対アーティストの作り方だったんでしょうね。聖子さんの音域や声の響きを考えながら作るから、時間がかかるというよりは、時間をかけて贅沢に作られた楽曲だったんですね。

W はい。聖子のすごいところは、そういうときもパッと切り替えて明るく順応できてしまうところ。そのときも、笑顔で歌いながら一瞬ちらりと私を見るので、私も「がんばれ!」と目で合図を送ったりしてね。

M 特に思い出深い曲はありますか?

W 2曲目の『ガラスの入江』ですね。複雑なメロディなんだけれど、それを大滝さんのピアノに合わせて聖子が自分のものにしていったのは見事でした。あとは『一千一秒物語』も名曲。こちらは、大サビの8小節の録音に長く時間がかかってしまい。メトロノームのカチカチという音に合わせて歌うんですが、少しでもズレるとやりなおし。しかもメトロノームがだんだん遅くなってくるから、また手で巻いて(笑)。

M 一千一秒だけにメトロノーム!本当にそうやって手作業で音を重ねて録っていたんですね。しかも何度も繰り返しているのに♪ 一千一秒、離さないでね~と歌っている聖子さんの力強い歌声は、今でも鳥肌が立つほどです。

ちなみに聖子さんは最近40周年記念アルバムを発売されましたが、その中で、『いちご畑でつかまえて』と大滝さんの『FUN×4』が合体した秘蔵音源『いちご畑でFUN×4』を収録されて。オフィシャルコメントでも、大滝さんに当時のことをすごく感謝されていました。

W アーティストやミュージシャンのみなさんが本気を出して松田聖子に対峙してくださったことは、本当に大きな財産ですから。

M 『いちご畑でつかまえて』にしても、あんなふうに歌える人は世界にただ一人ですよね。大滝さんも聖子さんの才能に驚いたから、のめりこんでレコーディングされたのでは?

W そう思います。普通の歌手だと楽譜通りに歌って、つまらなくなりますから。聖子は、どんなに音楽的に優れた人よりも、一瞬で直感的に答えにたどり着いてしまうんです。

M ちょうど『風立ちぬ』を歌っていたころ、歌番組で一緒になった薬師丸ひろ子さんが聖子さんのファンだと生放送で公言されたことがありました。アルバムも聴いていると。

W それも画期的ですね。当時アイドルは他のアイドルを好きだとか言えなかったと思いますよ。それよりまず自分が頑張れと事務所に言われちゃうからね。薬師丸さんは人気もあったし、映画関係の事務所だったから伸び伸び育てられたのかなぁ。いずれにしても、うれしいですね。

M その頃からでしたよね、女性からの人気が高まって。続きは後編で。さらなる『風立ちぬ』研究を若松さんとしていきます!

松田聖子の80年代伝説|『風立ちぬ』ジャケット

*参考文献
平凡Special1985 僕らの80年代

Profile

若松宗雄/音楽プロデューサー わかまつ・むねお

一本のテープを頼りに松田聖子を発掘。芸能界デビューを頑なに反対する父親を約2年かけて説得。1980年4月1日に松田聖子をシングル『裸足の季節』でデビューさせ80年代の伝説的な活躍を支えた。レコード会社CBSソニーではキャンディーズ、松田聖子、PUFFY等を手がけ、その後ソニーミュージックアーティスツの社長、会長を経て、現在はエスプロレコーズの代表に。Twitter@waka_mune322、YouTube「若松宗雄チャンネル」も人気。

Text: Kuki Mizuhara Photo: Hiromi Kurokawa

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