M 杉真理さんは、CBSソニーの若松さんのデスクまで、たくさんのデモテープを持ってきてくださったそうですね。
W 20から30曲位あったんじゃないかな。そこから一緒に聴いて選んだのが『雨のリゾート』。
M ♪もうワイパーもすねるほど雨なの~という松本さんの詞も神がかりです。
W 本当ですよね。松本さんに細かい詞の注文をしたことはないけど、少し難しい言葉があるときは言ったことはありました。でも、そういうときも「大丈夫だよ若松さん。詞にサウンドと聖子の声がのったら絶対成立するから」と。確かにその通りなんですよね。
M 『風立ちぬ』のタイトルは堀辰雄さんの小説から?
W はい。私が大ファンで。実はCBSソニーに入って間もないころ、堀さんが療養していた長野県の病院を訪れたことがありまして。朽ち果てた昔の病室を見て、人の命って儚いなぁと。軽井沢も好きで、そのときにまわったりして。
M それはまたどうして?
W 音楽の仕事をするうえで、作家の方のルーツを探るのも大切なことですし、見てみたかったんですよね。歌は影があって初めて光るものですから。
M 堀さんの『風立ちぬ』は松本さんもファンだったそうです。
W それも縁でした。
M 聖子さんの曲は長調が多くて明るいイメージですが、詞やメロディにせつなさもあふれています。そういえばジャケットは、アイドルにしては珍しく、笑っていないものが多い。
W ジャケットは、笑ってるとか笑ってないとかじゃなく、雰囲気があるほうがメッセージが強くなるので。あと憂いがあるほうを私が好む部分もあります。
M 『風立ちぬ』も、ラストの『December Morning』に去り行く季節の儚さを感じます。
W だから、心に残る歌になりますよね。
M 実は1981年の思い出で個人的に忘れられないことがありまして。学園祭で*イントロクイズがあったのですが、シングルの『風立ちぬ』のB面が流れた瞬間、B面なのに女子たちがこぞって「ハイ! ハイ!」と手を挙げだしたんです。そのとき、聖子さんの女子人気の波が本格的に来ていることがわかり。でも、みんなが「『Look At Me』『Look At Me』」と絶叫するので、私が冷静に「『Romance』です」と答えて正解したという。
W なるほど(笑)。確かにLook At Meというフレーズは繰り返しますが、Romanceという言葉は大サビにだけ登場しますからね。ちなみに『Romance』は、のちに『瑠璃色の地球』を書いてくださった平井夏美さんの作曲なんですが、一番初めにいい曲があるからと聴かせてくれた大滝詠一さんのマネージャーさんが、「でもちょっと事情があるからなぁ」となかなか平井さんの連絡先を教えてくれなかったんです。さて、それはなぜでしょうか?
M わっ、若松さんからのクイズになってますが(笑)。えーと、では当てに行きますよ。それは…平井さんがビクターレコードの社員だったから。
W 正解(笑)!!
M 現役のビクター社員がソニーのアーティストに曲提供するわけにはいかないですからね。それでペンネームを使われたんですね。
W そう。あと今思い出しましたが、その頃、ファンの子たち30人くらいにレコード会社に集まってもらって、聖子について語ってもらったことがあるんです。私がいるとしゃべってくれなくなるから、隣室でこっそり聞いていたのですが。でも結局、聖子の好きな部分、こうあってほしい部分は、全部私の頭にあることと同じだったんです。
M なるほどー。ブレてないぞと。
W 確認できました。でもまだその時点では、ほとんどが男子だったんですが。
M それで翌年には、女子からの支持が決定的になった『赤いスイートピー』が生まれたんですね。
W いやいや、それは狙いじゃなく。聖子に合ういい曲を作っていったら、結果的に男女問わずたくさんの方が支持してくださっただけなんです。
M 次回はいよいよ1982年に突入です!! お楽しみに。
*イントロクイズ 70~80年代はラジオでのインパクトも狙って、派手なイントロの曲が多かった。イントロで曲を当てるクイズでテレビ番組が成立するほど。国民全員が知っているヒット曲が多かったことも背景に。
*参考文献
『平凡Special1985 僕らの80年代』(マガジンハウス)