M ユーミンさんに書き直しをお願いしたことがあるというのは本当ですか?
W そうです。当初『赤いスイートピー』は中盤が下降旋律になっていて。でも私は、春に向かって盛り上がっていくような曲にしたかったので、直しをお願いしにコンサートのリハーサル会場におじゃましたんです。そうしたらリハーサルを中断して時間をくださり、ステージの端っこにあるピアノで、「なるほど、そういうことですね」と快く直してくださって。
M アレンジはどんな打ち合わせを?
W ご自宅におじゃましてユーミンの手料理でユーミンと(松任谷)正隆さんとなごやかに盛り上がりました。でもレコーディング当日になってミュージシャンが弾きだしたら、なんだかリズムがはねていて、ちょっとイメージと違ったんです。それで慌てて止めてもらうと、正隆さんが「えっ、違うんだ?」と言って。それで、その場でいろんなパターンを弾いてくださり、私が「これです!」と言うと、「えっ、これでいいの?」と。そして今の形になったんです。
M あのテンポは正隆さんも一瞬驚かれたんですね。でも、春の日差しに揺れるスイートピーが見えるというか、今やJ-POPのスタンダードです。
W 季節感がとてもあるアレンジですからね。ユーミンも完成した曲を聴いて、「尾瀬に春が来たね~」と笑顔で言ってくださったのをよく覚えています。
M 翌年、原田知世さんの『時をかける少女』がヒットチャートで1位になったときにユーミンさんからお礼を言われたそうですね。確かに『時をかける少女』も全体に上昇旋律の曲で。
W そうなんです。わざわざお電話をくださって、若松さんのアドバイスが勉強になって1位が取れましたと。うれしかったですね。『赤いスイートピー』については、もう一つお話があって。♪なぜ知り合った日から、半年過ぎても~の部分ですが。実は聖子が自分の間合いで歌っていて。レコードは「はんとーし」になっていますが、楽譜は「はーんとーし」だったんですよ。何回か指摘したのですが、その譜割もいい感じだったので結局そのテイクで行きました。
M まさにレアエピソード。今となっては聖子さんバージョンしか考えられません。
W ユーミンがすごいのは、そんなときも、聴いた時の心地よさを優先して、音楽的に厳密にこだわりすぎないところ。ヒット曲をたくさん出されている方ならではの感覚というか、そこは私も共感する部分でした。正確な歌より、印象に残る歌を大事にされていて。
M 『Pineapple』は、大村雅朗さんの進化したアレンジも聴きどころです。冒険度がアップしていて。大村さんはもしかしたら、『風立ちぬ』で自由自在に遊ぶ大滝詠一さんを見て触発されたのでは?
W そういう部分、あったかもしれません。大村さんは、YMOに深く関わっていたシンセサイザープログラマーの松武秀樹さんと一緒に仕事をしていて、会うたびにサウンドもブラッシュアップされていましたからね。
M 2曲目の『パイナップル・アイランド』もデジタルのリズムが心地いいですよね。途中で水の音も登場したり。
W 水はね、大村さんのアイデアなんです。実は、ボウルとピッチャーとバケツを用意して、スタジオの中で大村さんが自分で水を流して(笑)。
M えぇーー!逆にアナログ。すごいです。
W そういう遊びを入れながら、最先端のサウンドを作ってくださる。
M 来生たかおさんの長調の曲もかなりレアです。
W はい。3曲目の『ひまわりの丘』もメロディがきれいですよね。
M 歌詞について松本隆さんは、妹さんと昔スペイン旅行したときに見た景色だとインタビューで語られていますね。
W それは知らなかった。きれいなひまわりの色が目に浮かびます。
M 原田真二さんの起用も斬新でした。
W 彼は70年代から人気で、ポテンシャルがすごかったから。聖子が歌うとおもしろいものが出来るんじゃないかと思って。フワフワとした個性的な曲で、うまくハマりましたよね。
M 『ピンクのスクーター』は電話の音が途中で入るんですが、ちゃんとコードと合っているところが粋です。
W いろんな方の熱意が詰まってますから。
M ラストの『SUNSET BEACH』の終わり方も印象的で。
W 一回フェイドアウトして、もう一度イントロのピアノが戻ってくる。フェイドアウトだけだと寂しいから、大村さんにもう一度ピアノを足してもらった記憶があります。夏の夕暮れの感じが出ていますよね。
M 『Pineapple』というタイトルも秀逸です。
W 確かに。シングルのタイトルだと弱いけど、アルバムだと、ワンワードで世界観をしっかり表現してくれてイメージが広がる。言葉っておもしろいですよね。甘酸っぱさというかね。我ながら、いいタイトルだと思います。
M ジャケット写真も聖子さんの作品としては珍しく笑顔でした。
W このアルバムはね、夏のイメージで文句なしに明るくスコーンと抜けた感じにしたかったから。
M そういえばネットで、『渚のバルコニー』は歌番組のほうがレコードより少しキーが高いと話題になっていました。
W 歌番組は盛り上がりが大事ですから、本人がはじけるようなキーに変えることはよくあるんです。でもレコードは世界観が大切。歌手本人の音域から多少外れても、歌のニュアンスが出るほうを優先していたので。
M レコードだと♪右手に缶コーラ~の「ラ」の部分が低くて吐息のようになり、サビも声が張りすぎずに雰囲気がある。
W まさに、そういうところ。いろんなキーを試したけれど、あれがベストテイクだったと思います。