SEARCH GINZA ID

大滝詠一の80年代伝説<前編> 唯一無二のナイアガラ・サウンドで革命をもたらした 『A LONG VACATION』と松田聖子の『風立ちぬ』

大滝詠一の80年代伝説<前編> 唯一無二のナイアガラ・サウンドで革命をもたらした 『A LONG VACATION』と松田聖子の『風立ちぬ』

2021年3月21日、歴史的名盤『A LONG VACATION』の発売40年を記念して『A LONG VACATION 40th Anniversary Edition』が発売される。80年代カルチャーで育ったライター・水原空気が大滝詠一さんについて、連載「松田聖子の80年代伝説」シリーズでおなじみの名プロデューサー・若松宗雄さんにスペシャルインタビュー。

大滝さんがA面5曲を手がけた松田聖子さんの4thアルバム『風立ちぬ』と共に紐解けば、2枚の歴史的名盤がJ-POPシーンにどんな革命をもたらしたか、その意義が見えてくるはず。


ライター水原(以下M) 若松さんから見てズバリ、大滝詠一さんはどんなアーティストでしたか?

若松さん(以下W)  一言で言うなら「マイワールドの極致」。ご自身の世界がしっかりあり、非常に勉強されていて音楽的な背景もすばらしく自信もあったと思います。だから決して妥協することなく右と言ったら右。こだわってこだわって貫き通した方だと思いますね。

M 大滝さんが作曲・編曲した聖子さんのシングル『風立ちぬ』について、当初若松さんは豪華すぎると。

W 本当はもっとさりげない曲が希望だったからねぇ。でも大滝さん、言うこと聞かないから(笑)。曲はいろんな事情の中で作るから何かしら調整はあるもの。良くも悪くも大滝さんらしかった。大滝さんはもしかしたら一人でも生きていく覚悟があったのかな。それくらい妥協しない、媚びない。生き方もすごかった。

M 結果的に『風立ちぬ』は大滝さんのこだわりが詰まった名曲となり、聖子さんも互角の存在感で完全に自分の歌にして。松本隆さん曰く『風立ちぬ』は奇跡的な組み合わせだったと。

W  アイドルとしての聖子の娯楽性に、松本さんの文学的な才能と大滝さんの音楽性が加わったら最強でしたから。間違いなく松田聖子のアーティスト性がぐっと広がったエポックな作品で、大滝さんには今もとても感謝しています。

M 歌謡曲とロックの垣根を取り払った、歌謡史に残る瞬間でしたよね。

 

 

時間と情熱がそそぎこまれた名盤は
40年経っても全く色褪せない!

M 若松さんが最初に大滝さんにオファーされたきっかけは?

W 松本隆さんの紹介があって。今でもはっきり覚えていますが、松本さんが「大滝はどう?」とおっしゃったので思わず「え!? 大滝さん、やってくださいますかね」と答えて。『A LONG VACATION』は既に大ヒット中でしたし、伝説のはっぴいえんどのメンバーで才能溢れる方でしたから。

M 松本さんは歌謡界にはっぴいえんどの仲間を誘い込み、大滝さんのことも、もっとメジャーシーンに出るべきだと考えていたようですね。1981年3月に『A LONG VACATION』が出て、大滝さんは5月までに10万枚売れたので一度プロモーションチームを解散。ところが6月から『君は天然色』がCMタイアップで流れだすと、夏には冬の歌である『さらばシベリア鉄道』まで海辺で流れ、『風立ちぬ』が発売される秋頃にはミリオンに手が届く勢いに。

W CBSソニー内でも話題沸騰でしたよ。とてつもなく音楽的なアルバムで内容も良かったし、スタッフみんなが推していた。でもレコード制作を担当したフジパシフィックミュージックの朝妻一郎さん(現会長)に「すごい売れ行きですね」と言ったら「それが若松ちゃん、制作費のほうがすごくて…」と。

M えーー!!? みなさんの夢を壊すので金額は伏せますが、どれくらい?

W 普通のアルバムの3~4倍以上。破格でした。

M 確かにミュージシャンだけでもいったい何人クレジットされているのかと。

W 大滝さんはミキシングも自分でできるから、ずっと一人でスタジオにこもっちゃう。だからスタジオ代もかかるし。スタッフみんな外で待っていましたよ。大滝さんどうしてんのかな? まだかな? 寝てるのかな?なんて言いながら(笑)。

M 聖子さんも、『風立ちぬ』の歌入れの後に大滝さんが何度も何度も自分のヴォーカルを聴き直すのを待ったそうで、おかげで自分の歌がどうやってレコードになっていくのか勉強になったとエッセイで語っています。

W そうでしたね。そもそも大滝さんはデモテープを作らないから、大滝さんのピアノに合わせて曲を覚えていくのだけど、当初それに聖子が戸惑ってね。途中で聖子が間違うと「おっ、それもいいね」と言いながら曲がどんどん変わっていく。

M 『風立ちぬ』は詞が先だったそうですが、聖子さんの声の響きを確認しながら時間をかけて完成させたんでしょうね。大滝さんもコメントで、聖子さんが「いい曲だけれど私に歌えるでしょうか」と言っていたのが、CM用のショートバージョンの録音が2テイクでOKになり「私、歌えました!」と笑顔でスタジオから出てきたと。

W 聖子もやるとなったらやるからね。それも才能です。大滝さんもそんな聖子と真剣に対峙してくださった。

M ちなみにグリコのCMは能登での撮影で国宝級に可愛かったです。あれを見たテレビの前の私たちは一瞬で♪風立ちぬ~と口ずさみ。しかし素朴な疑問ですが、はっぴいえんど後の大滝さんはCMソングやマニアックな作品が中心で、ご本人曰く70年代はヒットチャートに入るようなオーバーグラウンド(アンダーグラウンドの逆)活動はなかったと。だとしたら、どうしてそんなに『A LONG VACATION』に制作費がかけられたのでしょう?

W フジパシフィックの朝妻さんのバックアップはもちろん、大滝さんのマネージャーの前島洋児さんの存在も大きかったと思います。前島さんもこだわり屋でおもしろい人だから、大滝さんの資質を見込んでちゃんとハンドリングしていたんじゃないかな。以前にも話したけど、聖子の『Romance』や『瑠璃色の地球』を作曲してくれた平井夏美も前島さんの紹介。『Romance』はシングル『風立ちぬ』のB面なんだけど、前島さんが全然作曲者の正体を教えてくれなくて。結局、曲が出た後もしばらく不明のまま(笑)。

M 平井夏美こと川原伸司さんは当時ビクターレコードのディレクターでしたからね。

W 川原は大滝さんとも以前から仲がよくて、川原が担当した金沢明子の『イエローサブマリン音頭』も大滝さんのプロデュースでおもしろい企画だった。そう、もう一つの理由は大滝さんのセンスです。CMで実績を積んでいただけあってアイデアがとにかくユニークだし、曲が一瞬で耳に入ってくる。それはロンバケでも大滝さんが自分で詞を書いた『Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語』を聴くとよくわかる。だから、そのセンスにかけようという人がたくさんいたんだと思います。あとは時代もあるよね。

M というと?

W やっぱり当時は一人のアーテイストにかけて売り出そうという機運が今の何倍も強かった。やるとなったらお金をドーンとかけられたから。

M サウンドも贅沢です。ビートルズやロネッツで有名なフィル・スペクターばりの録音で、大勢のミュージシャンが一つのスタジオで同時に演奏する「ナイアガラ・サウンド」。佐野元春さんもブレイク前に悩んでいた頃、大滝さんのレコーディングを見学して影響を受けたと。それが『SOMEDAY』の大ヒットに繋がるわけですけど。

W そうかぁ、なるほど。聖子の『風立ちぬ』のときも大勢のミュージシャンがいましたよ、スタジオに。

M クレジットを見るとギターだけで一体何人いるのかと(笑)。コーラスも生の声で何重にも。ちなみに『風立ちぬ』では最後のサビの直前に大滝さんのファルセットが聞こえます。クレジットはないけど大滝さんが言及されていて。

W おぉ確かにそうだったね。今は音楽もPCで簡単に作れるしCDが売れなくて予算がないという事情もあるけど。でもお金がかかっているということは、それだけアーティストの思いが込められているということです。労力と時間と情熱がしっかりそそがれているからこそ40年経っても新鮮だし、リマスターされた40周年記念盤が出るわけで。

M たくさんの楽器が空気を震わせて鳴っている感じとか、今はもう再現できない世界ですよね。当時100万枚、現在までで通算200万枚売れたのは、ある意味必然だったのかもしれません。

 

『風立ちぬ』はアイドルの枠を超え
ロンバケ好きの音楽ファンも唸らせた

W あとはCBSソニーの担当だった白川隆三の存在だよね。白川は、俺とは仲良しなんてもんじゃない、同じ営業から制作に移った男で一緒に頑張って来た仲間ですから。先見の明があり性格もいいやつで、大滝さんをしっかりバックアップしてた。もともと太田裕美のプロデューサーで、松本隆さんと筒美京平さんの『木綿のハンカチーフ』を担当したのが白川。

M 同じく男女の掛け合いの詞である『さらばシベリア鉄道』も、大滝さんの発案で先に太田裕美さんが発売しましたからね。では松本隆さんの評判も白川さん経由で?

W そう、昔から聞いてたからね。白川はその後ソニーで「アニプレックス」を立ち上げたんですよ。

M え!? 『鬼滅の刃』や『アイドルマスター』の!?

W いまやソニーミュージック・エンタテインメント・グループの稼ぎ頭部門。

M まさか大滝詠一さんから『鬼滅の刃』につながるとは!! ポップカルチャーの勉強になります。最後に、今回話の途中で出た聖子さんのエッセイは1981年春から放送されていたラジオ番組『夢で逢えたら』のMCをまとめたもので。

W よく覚えていますよ。ラジオも人気だったよね、聖子の本音トークが聴けるから。

M この番組名は奇しくも大滝詠一さんの人気曲と同タイトル。聖子さんと大滝さんの縁を強く感じます。若松さんのスペシャルインタビューはまだまだ後編に続きますよ!

参考文献
「平凡Special 僕らの80年代 1985」(マガジンハウス)
「平凡Special 僕らの80年代 1982」(マガジンハウス)
「大滝詠一 作品集 Vol.1」(ソニーミュージック・レコーズ)
「大滝詠一 Talks About Niagara Complete Edition」(ミュージック・マガジン)
「夢で逢えたら 松田聖子」(ワニブックス)

Profile

大滝詠一/アーティスト、シンガーソングライター おおたき・えいいち

1948年生まれ。1970年に細野晴臣、松本隆、鈴木茂と共にロックバンドはっぴいえんどでデビュー。解散後はCMソングなどを手がけ、1981年3月21日発売の『A LONG VACATION』が大ヒット。幾重にも情熱が重ねられたナイアガラ・サウンドと爽やかなブリーズを感じさせるジャケットは80年代を象徴する1枚として伝説に。2013年12月30日に急逝。今も多くのファンに愛されている。

※プロデューサー、作曲等の場合は大瀧詠一とクレジットされるが今回は大滝詠一で統一。

撮影:井出情児

Profile

若松宗雄/音楽プロデューサー わかまつ・むねお

一本のテープを頼りに松田聖子を発掘。芸能界デビューを頑なに反対する父親を約2年かけて説得。1980年4月1日に松田聖子をシングル『裸足の季節』でデビューさせ80年代の伝説的な活躍を支えた。レコード会社CBSソニーではキャンディーズ、松田聖子、PUFFY等を手がけ、その後ソニーミュージックアーティスツの社長、会長を経て、現在はエスプロレコーズの代表に。Twitter@waka_mune322、YouTube「若松宗雄チャンネル」も人気。

Text: Kuki Mizuhara Photo: Hiromi Kurokawa

#Share it!

#Share it!

FOLLOW US

GINZA公式アカウント

PICK UP

MAGAZINE

2021年5月号
2021年4月12日発売

GINZA2021年5月号

No.287 / 2021年4月12日発売 / 予価860円(税込み)

This Issue:
カラフルを着て街へ出たい

思い切って色を楽しむ
春のファッション

...続きを読む

BUY NOW

今すぐネットで購入

MAGAZINE HOUSE amazon

1年間定期購読
(17% OFF)