銀座エルメスで、歩きながら考える ミルチャ・カントル展

銀座エルメスで、歩きながら考える ミルチャ・カントル展

私たちは毎日歩き、移動している。そのほとんどはどこかに行くため、帰るため。でも、歩くことが意味をもつケースがある。散歩が新たな気づきをくれたり、道中でアイデアが浮かんだり、集まってデモや行進をするもあるだろう。巡礼では、歩みが祈りになる。

ルーマニア出身のアーティスト・ミルチャ・カントルの新作は、透明なプラカードをもった人々が、見慣れた東京の街を練り歩く映像である。形式としてはデモ行進なのに、そこに訴えるべきメッセージはない。映像に都市の雑踏や歩みの音はなく、音は後から加えられたやや不穏な重低音のみ。プラカードを持った人たちの表情もあったり、なかったり。ひとつの訴えや感情を読み取ることはできない。そんな不思議な映像をしばらく見ていて、冒頭のような歩くことそのものの意味をつい考えてしまったのだった。

IMG_1002_Rあなたの存在に対する形容詞|2018|ヴィデオ|38’00’’ 展示風景

カントルによると、1989年まで社会主義国家だったルーマニアでは、デモは政権の支持を表明するためのものだったという。その後、彼は1999年にフランスに行き、市民が権力に対して反対を示す行動としてのデモ行進を初めて知ることになる。つまり、同じ行動が真逆の意味にもなり得ることを体感したのだ。カントルは、「人は、そこにいるだけで革命的な力をもっている。特定の文脈に沿って行動を起こすことよりも、あなた自身が存在することが重要だということをわかってほしい」と語る。政治や社会が激動する現在、人間をピュアに信じる強さは、ストレートに響く。

この映像作品を見て、一冊の本を思い出した。『災害ユートピア』で日本でも知られるようになったアメリカの文筆家、レベッカ・ソルニットの近著『ウォークス 歩くことの精神史』だ。歩くことが思考と文化に深く結びつき、創造力の源泉につながってきた歴史が描かれたこの本を読むと、歩くことの原点をつい考えてしまう。この作品は、そんな「ウォークス」を詩的に、でも限界までそぎ落とした核のようなものではないだろうか。

02 (1)_R
映像作品の他に、ガラスの屏風と、澄んだ音を鳴らす金属の鐘のインスタレーションが展示されている。
©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

手前:風はあなた?|2018|鐘、紐、アクリル、ドア|サイズ可変 奥:呼吸を分かつもの|2018|エッチング・インク、作家の指紋、ガラス、蝶番|174×216×0.6 cm174×650×0.6 cm

 

 

もう一つ、「透明性」もこの展覧会の重要なキーワード。銀座メゾンエルメスの建物を覆うガラスブロックは、美しく光を透過させる。いっぽう、映像にある透明なプラカードはデモ行進的な行動を無効化させ、何もかも「見える化」することの限界を示す。「透明性」もまた、アンビバレントなのだ。「不確かな未来に興味がある」というカントル。その不確かさを美しさに昇華して、頭でっかちになりがちな思考を解してくれるのもアートの醍醐味。きっと、帰り道で、新しい発見があるはずだ。

04_R
ガラスの屏風には、作家自身が自分の指紋を一つずつプリントしている。
 ©Nacasa & Partners Inc. / Courtesy of Foundation d’entreprise Hermès

呼吸を分かつもの|2018|エッチング・インク、作家の指紋、ガラス、蝶番|174×216×0.6 cm174×650×0.6 cm

 

 

05_mc_tracking happiness_Rミルチャ・カントルの作品の魅力は、その詩的な世界観にある。モノや人の静謐で限られた振る舞いは、何かに捧げられている行為にも見える。こちらは過去の作品で、静かに床の砂を掃き続ける女性たちの様子はまるで何かの儀式のよう(今回は出品されていません)。
Tracking Happiness | 2009 | 11’00” | S-16 mm transferred on HDCAM | Sound: Adrian Gagiu
Courtesy of the artist, Magazzino, Rome and Dvir Gallery, Brussels/Tel Aviv

 


ミルチャ・カントル Mircea Cantor
©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

ミルチャ・カントル Mircea Cantor
1977 年、ルーマニア生まれ、パリ在住。日常の世界がいかに複雑で不確かなものかを控えめな身振りで気づかせる、写真や彫刻、映像、インスタレーションなどを手がける。狼と鹿がギャラリー内で出合う様子を映像に記録した《Deeparture》(2005 年)などで国際的な注目を集める。主な個展に「Your Ruins Are My Flag」(ジュリアーニ財団、ローマ、2017–2018 年)や「Tracking Happiness」(チューリヒ美術館、2009 年)など。日本では、ヨコハマトリエンナーレ2011 、いちはらアート×ミックス2014 などに参加。マルセル・デュシャン賞(2011年)をはじめ、受賞多数。作品はポンピドゥー・センターやニューヨーク近代美術館などにも収蔵されている。

 

「あなたの存在に対する形容詞」 ミルチャ・カントル展
会期: 開催中~7 22 日(日)
会場: 銀座メゾンエルメスフォーラム
開館日時: 月~土曜11002000 (最終入場1930) 日曜 11001900(最終入場1830)
不定休(エルメス銀座店の営業時間に準ずる)
入場無料

柴原聡子

建築設計事務所や美術館勤務を経て、フリーランスの編集・企画・執筆・広報として活動。建築やアートにかかわる記事の執筆、印刷物やウェブサイトを制作するほか、展覧会やイベントの企画・広報も行う。企画した展覧会に「ファンタスマ――ケイト・ロードの標本室」、「スタジオ・ムンバイ 夏の家」など

#Share it!

#Share it!

FOLLOW US

GINZA公式アカウント

関連記事

PICK UP

MAGAZINE

2019年7月号
2019年6月12日発売

GINZA2019年7月号

No.265 / 2019年6月12日発売 / 予価880円

This Issue:
クローゼットスナップ!/Tシャツ

あなたのクローゼット
開けていいですか?

...続きを読む

BUY NOW

今すぐネットで購入

MAGAZINE HOUSE amazon

1年間定期購読
(17% OFF)