春といえば上京、上京といえば東京特集、東京特集といえばポパイ!?というわけで、GINZA読者のみなさま、突然すみません。GINZAの姉弟誌(?)ポパイのライターIです。ポパイ3月発売号は毎年恒例の東京特集をお届けしているのですが、こちらの付録冊子『二〇一八年の東京 味な店』が手前味噌ながら、とても良い出来なので宣伝させていただきたくお邪魔しております。編集長はGINZAでもおなじみ、フードエッセイストの平野紗季子さん。総ページ108Pに及び、全編オール書き下ろし、「付録の域を超えている」となんだか話題の一冊。「そもそも味な店って何?なんでこの本が生まれたの?」など、製作の裏側や食への想いについて、編集長・平野紗季子さんへインタビューをお届けします!
■平野、ポパイに企画書を持ち込む
――『2018年の東京 味な店』、きっかけは平野さんの持ち込みなんですよね。
そうです。去年の5月ごろ、突然企画書を編集部に送りつけて。私、“やりたいこと.pdf”っていうファイルを作ってて、「味な店」の企画は編集部に出す一年前くらいからそのリストに入ってて。それを一個人が大きな出版社の雑誌を間借りして発信できたら理想的だなって。
――なぜポパイだったんですか?
ポパイなら「味な店」のコンセプトを理解してくれるかな〜って思ったんです。ある時ダンディ系(?)雑誌の編集者さんと「いい店ってなんだ」という話をしていたら、その方が「やっぱりホテルレストランが一番」って言ったんですよね。ムラのない接客、クオリティの担保された食事、整ったインテリア。それが一つの完璧なレストランの形だと。私はそれを聞いて「相容れないわあ……」って思っちゃって。そういうお店、正しいけど全然面白くないじゃないですか……(笑)。
――完璧なものに魅力を感じなかった。
そう、結局、画一的で模倣可能な世界って味気ないなって思っちゃう。むしろ私は、完璧じゃなくても、正しくなくても、誰にも真似できない個性のある店の方が魅力的に思えるから。そういう感覚は、ポパイと分かち合えるかなと。
企画書をポパイに送るところから全てが始まった。
今年の東京特集のテーマは「はじめまして、東京」。知らない町へ出かけるときはバッグに『味な店』をどうぞ。
■“味な店”とは何なのか?
――そもそも「味な店」の定義って何なんでしょう?
うーん。なんか最近、「食」って動いてるなあって思ってて。「ヒュンッ……!」て。
――ヒュンッ……ですか。
人って止まってるものより動いてるものに惹きつけられますよね。食って、アナログで、フィジカルで、総合芸術的な体験でもあって。今、人が求めているものを体現している魅力的なカルチャーだと思います。だからこそ、変化のスピードも速くて、新しいものもどんどん生まれてる。例えば、料理人が横で繋がる時代がやってきました。ジャンルも国籍の壁も取っ払った「コラボレーション」のムーブメントがこの数年で起きていて。いわゆる「フォーハンズ」という。
――4つの手?
そう、シェフ二人でひとつの料理を作るから、フォーハンズ。料理人だけじゃなく、今や情報も食材もめまぐるしく流通する時代で、それは新たなイノベーションを生み出すきっかけにもなっている一方、世界の食の灰色化につながっている気もしていて。
企画書にはすでに「味」の文字が。
――灰色化?
つまり、「いつもなにかがなにかに似ている」という状況です。だからこそ“ここにしかないもの”こそ尊い。それは言い換えるなら、再現性の低い、物語のある店。そういう店のことを私は「味な店」と呼んでいるんです。
――なんか深いですね。
「味」ってマイナスなことこそ魅力になるんです。例えば感じの悪い店員さんの接客にはイラっとくるのに、怖すぎる女店主の客あしらいには一目置いてしまう。中途半端はダサいけど、極めれば味になる。そうやって人生がそのまま店になったような店こそ魅力的だと思うんです。
灰色化させてはいけない……。
■伝えたいのは“物語”だった
――平野さんはこれまでにポパイ本誌の「イートアップガイド」も監修されてましたよね。
はい。これまでに2回やっていて。東京や近郊の飲食店20軒くらいをリストアップして、それを編集部の皆さんが取材してくれてコ メント書くという。でも、それが、あんまり楽しくなくて(笑)。
――おお!(笑)
イートアップガイドは、言ってしまえば、情報の羅列だったんですよね。シンプルに好きなお店を紹介しているだけなので。でもそれだけじゃ伝わらないことがあるよなあ、ってもどかしさを感じていて。
――いわゆる外観、内観、ごはんの写真みたいなことですよね。
そう。それが悪いわけじゃないんですけど。もし自分が編集の起点から関われるなら、違うことをやりたい……って思いがふつふつと何年もかけて醸されていったんです。
――今回は企画から全てにタッチできたという。
そうなんです。判型も決まってないところから始められたので、今のやりたいを全部詰め込もうと。大阪の出版社である保育社の「カラーブックス」シリーズのサイズやトーンに近づけたのも、せっかくアナログで発信するなら物としての愛しさが大事だと思ったから。
こだわりの裏表紙は平野が愛するロイヤルホスト広告。実は交渉は難航、普段雑誌広告を打たないロイヤルの貴重なページに。
――最初に打ち合わせしたとき、カテゴリーがおそろしく独創的だなと思ったんですよ。「兄弟よ」「上の住んでる」「どうしてその穴を掘り続けたの?」などなど。
通常のガイドは和洋中的な料理ジャンル切りか、エリア切りが多いですが、私は“物語切り”がしたかったんです。情報ではなく物語として扉の向こうの出来事を伝えたかった。「塩対応ですが何か?」とか、もー許可取り含めシビれました(笑)。でもそういうお店ほど最終的に喜んでくたりして。「ちゃんとうちの厳しさを描いてくれてありがとう」って。
企画書の段階で、カテゴリ構想はほとんど固まっていた。
――というと、「外食=物語を味わう」みたいな楽しみ方なんでしょうか?
映画を見る感覚と近いです。正直、レストランの扉の向こうに広がる世界はプラスでもマイナスでも、心が動けばどっちにしろ魅力的で。超絶ハッピーエンドのエンタメ映画も見たいし、不穏なバッドエンドが見たい時もある。超高級店のガストロノミーに潜入したい時もあれば、鄙びた食堂のおばちゃんの煮浸しが愛しいこともある。大事なのは矛盾がないこと。その物語に矛盾さえなければ、味がまずくたって愛せるんです。
――だからこそビジュアルにもこだわっていますよね。
もう観たい絵が頭のなかにあったので。例えば「兄弟よ」は、「兄弟でやってる店好きだ なあ、おじいちゃん兄弟のポートレートが見開きでズラズラ並んでたらいいなあ」とか思って。
食ガイドでは見たことのない、兄妹だらけの見開き。
かわいいですよね。ページを開いた時の「わ~!」って高揚する感覚は共有したかった。「店主がひとりカウンターで」も、店主同士を背中合わせにして、往年のCHEMISTRYみたいなビジュアルをやりたかったんです。
――この見開きは確実に川端と堂珍ですからね。アサヤン感。
「絶対背中合わせじゃないと嫌」とか「前からじゃなくて横から撮ってくれないと困る!」とか、 撮影のときに細かく伝えてました(笑)。「上に住んでる」は、「店の上から店主が顔出してないとダメ」とか。
いっそデザインもアサヤン風にしようかと盛り上がったが、落ち着いて考えてやめた。
職住一体化するくらい、食が身近にある人たちを取材した「上に住んでる」。
■ 編集者・平野紗季子誕生
――クレジットでは著書になっていますけど、その役割としては編集長に近くて。初めて一冊まるっと編集してみて、いかがでしたか?
辛かった(笑)。でも書き手ではなく編集の段階から関わることで初めて表現できることがあったので、やりがいしかなかったです。あとチーム戦なのは心強いですね。私が倒れそうになったら誰かが支えてくれる。みんなでスクラム組んで進んで行く感じ(笑)。
――「俺も平野、お前も平野。俺たちみんな平野なんだ」という硬い絆が生まれましたからね。エッセイ「あの人の味な店。」では、漫画家のほしよりこさん、『the OPEN BOOK』店主の 田中開さん、小説家の柚木麻子さん、『アヒルストア』店主の齋藤輝彦さん、イラストレーター の岡美里さんといった方々にもご寄稿いただきました。
エッセイも充実している。挿絵は牧野伊三夫さん。
はい、人の原稿を受け取るまばゆい喜びも初めて知りました。この冊子は、決して「今行くべき50軒」といった趣向ではなく、この冊子に載っている店の物語たちを通して、自分の中にある「味な店」に想いを馳せてもらえたらなあと思っていて。だから、私だけの視点じゃなくて、みんなはどうですかって問いかけたくて。
――最後のページに書いた「#僕の私の味な店」っていうハッシュタグにもいろんな店が集まってきてますよね。
Instagramには続々と「#僕の私の味な店」がアップされている。
同じ店の中に散髪屋とすき焼き屋がある店とか見かけて、超気になってます。実は地方って味な店だらけなんですよね。だから東京にはない面白い店を日本中の人が挙げてくれてる。
――平野さんやスタッフの熱量は読み手にも伝わるような冊子になっていると思います。
店でも物でも人でも、出会い方ってすごく大事ですよね。どの扉から入るかで見えてくる奥深さって違ってしまう。私は、食の世界に広がる無数の物語をとことん味わえるような、いいドアをたくさん作って行きたいです。どうやらポパイでは連載になるらしく!続編を楽しみにして欲しいです。