〈プラダ〉が今季取り上げたのは、コミック。9人の女性イラストレーターや漫画家の作品を使用しており、その中には日本人漫画家のオノ・ナツメさんもいる。ところが、せっかく我が国の才能がピックアップされたというのにこれまでファッションのことだけしか考えずに生きてきたため、コミック関係には甚だ疎い。今季の〈プラダ〉を本当に理解するためにはこれではいかん!GINZAでおなじみの自称モード界のご意見番プロフェッサー栗山が、オノさんにくわしいマンガライターの横井周子さんに教えを請うた。
—そもそもオノさんとはどのような漫画家さんなのでしょうか。
青年誌を中心に活躍されていますが、ファンには女性が多いんですよね。セリフなしでも物語が伝わってくるくらい絵が素晴らしい。しゃれていて、無国籍な感じです。
—ショー会場にオノさんが〈プラダ〉のために描き下ろした漫画が展示されていましたが(下左端)、線に抑揚があって、たしかに時代や国籍を超えた絵ですね。3コマだけで、セリフもありませんが、どんなことを表現していると思われますか?
私はオノさんらしい3コマだと思いました。1コマ目は、扉の外に颯爽と出て行くちょっとマニッシュでかっこいい女の人。2コマ目には飲み物が出てきます。
—コーヒーを飲んでいるんでしょうかね。
それが最大のポイントなんです。
—ええっ?!
オノさんは、お菓子研究家の福田里香さんが指摘されているようにフード描写が巧みで、特に飲み物の湯気が素敵なんです。マニアならば「オノ・ナツメの湯気キター!」と盛り上がるところかもしれません(笑)。
—湯気…全く気に留めていませんでした…
一瞬で消えてしまう儚い美しさをマンガは留めることができるんです。温かい飲み物を飲むのはリラックスする時間。心の部分を感じさせるコマです。
—なるほど…最後のコマはどうでしょうか。
座っていると普通は見えない足元を切り取っているので、さらにプライベートなコマなのでは。この3コマで、女の人の多面性を描いているのだと思います。
オノさんの作品がコラージュされたプリントが使用されているルック
—オノさんの他にも漫画で女性の権利や政治的なメッセージを訴えたトリナ・ロビンス(アメリカ) や、既成の美に疑問を投げかけるようなグロテスクな絵柄のブリジッド・エルバ(イギリス) 、オカルティズムに影響を受けているステラ・ロイナ(オーストラリア) など、多彩な作品が入り混じっています。漫画好きにはコレクション全体はどのように映ったのでしょうか。
ブリジット・エルバとトリナ・ロビンスの作品を組み合わせたバッグ(中央)とステラ・ロイナのキャラクターがメインのバッグ(右)。
すごく大きな絵が展示されている会場にモデルがばーっと歩いてくるのを動画で見て、一瞬おっとのけぞりました。マンガという2次元を主体に見てしまうので(笑)、生身の人間が出てくると次元が交錯するかのように感じてしまったんです。服にもいっぱいマンガがプリントされていて、描かれているのも着ているのも、絵を描いたのも、服を作ったのも女の人。「仕事をしている」女性たちのイメージのつらなりに何だか元気づけられました。
インクがかすれたようなプリントもありましたが、ZINEの気配もすごく感じました。フェミニズムや政治的な主張も記した女の子が作ったZINEのよう…。でもプラダなんですが。
—ファッションショーを観ることに慣れてしまっている私たちとは違い、新鮮な視点でご覧になっていて、さらに心を揺さぶられるような感覚まで持たれている。ミウッチャさんもデザイナー冥利に尽きると思います…!ファッションはあらゆるものを取り上げることが可能なのですから、他分野にアンテナを張っておけば、より深い受け取り方ができますよね…早速漫画の知見を広めたいと思いますが、初心者の私がオノさんの作品を読んでみるとしたら何がおすすめでしょうか?
最新作の『レディ&オールドマン』(集英社)と『ハヴ・ア・グレイト・サンデー』(講談社)です。前者は60年代のLAが舞台の男女バディの話で、後者は現代の東京で男3人が週末集っては食事をする、というのんびりした内容。謎もあるので続きを心待ちにしています。オノさんは人々の関係性を描くのが巧みなので、そこを楽しんでほしいです。〈プラダ〉で興味を持ったとしたら、イタリアのレストランを描いた出世作『リストランテ・パラディーゾ』(太田出版)からスタートしてもいいかも。オノさんは、どんな国や時代でも、さらにファンタジーでも自由に描けてしまうんです。
—読んでみます!これで次に漫画が取り上げられてもどんと来いです!!