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プロダクトデザイナー喜夛倫子/私のアムステルダム物語vol.1

プロダクトデザイナー喜夛倫子/私のアムステルダム物語vol.1

オランダの首都、アムステルダム。2017年にミレニアル世代が住みやすい世界の街ランキングで1位に選ばれるなど、近年人気が高まっている街だ。デザイン都市としても知られ、クリエイティブな人々が各国から集まる。そんなアムステルダムで活躍する日本人たちには、どんな街との物語があるんだろう。この街で見せた笑顔や流した涙を知りたくて、彼女たちに会いに行ってみた。


真夏のある日。蒸し暑い夏に慣れた日本人からすると、まるで春のように爽やかな気候のアムステルダムで、初めて彼女に会った。待ち合わせ場所に指定されたお店「Petit Gateau(プチ・ガトー)」は中央駅から歩いて10分、観光客も多く集う賑やかなハールレンメル通りにある、チャーミングなフランス菓子店。

ショーウインドウに美しく並んだ、宝石のように輝くタルトの前を過ぎ、吹き抜けの2階に上がればそこがカフェスペース。大きな窓から自然光が差し、外の喧騒が嘘のように静かで、リラックスできる秘密の空間だ。

余裕をもって着いたはずだったが、彼女はすでにお気に入りの紅茶とタルトを頼んで席に着いていた。「はじめまして!」とにこやかに挨拶をしてくれたのは、アムステルダムを拠点としたデザインマネジメント会社「T Magpie Design Management /Tomoko Kita Studio」代表の喜夛倫子(きた・ともこ)さん。

「Tomoko Kita」名義で、プロダクトデザイナーとしても活躍している。きっとたくましい女性なのだろうと思い込み、勝手に少し緊張していたので、彼女のやわらかい空気にホッとする。

「アムステルダムは”ものづくり”がすごく身近にあるんです」

彼女がデザインの仕事の基礎を培ったのは、実はアムステルダムではない。ロンドンでデザインを学び、有名デザイン事務所でインターンを経験した。アムステルダムに移ってきたのは今から3年前だが、ロンドンとは異なる空気がこの地には流れていた。

「アムステルダムでは極端な話、デザイナーやアーティストじゃない普通の人も『つくってみたかったから』というシンプルな理由でものづくりをする。だれでも気軽に参加できるワークショップや工房がたくさんあります。試作もつくりやすそうで、テストを繰り返しながらデザインする自分のスタイルに合ってるかなと思いました」

「まぁふたを開けたら、正直いろいろと大変なこともありましたが…」と笑う喜夛さん。子どものようにキラキラした表情で、タルトを美味しそうに食べる姿からは一見想像ができないくらい、辛酸もなめてきた。

喜夛倫子 インタビュー

親の仕事の関係で、幼い頃から外国の人たちと触れ合う機会が多く、海外の文化や、人種・国籍の違いに対する抵抗感はなかった。それでも単身海外で生活する上でのハードルはなかったのか?と聞くと、彼女は「地球には日本以外にもいろんな場所があるんだし、行ける状況で行かないのはもったいないじゃないですか」と、さらりと答えた。

人生の転機は何度かあったが、その中でも彼女を一番突き動かしたのは、ある時医者から「命に関わる大病の恐れがある」と言われたことだ。

ロンドンのキングストン大学卒業後、そのまま現地で就職し、充実した生活を送っていた喜夛さん。だが、日本へ一時帰国したタイミングでイギリスの法律が変わり、就労VISAを更新できずに、職場に戻れなくなってしまった。そこで日本で数年働いたが、日本の市場におけるデザインの概念に対して違和感を持つことも少なくなかった。

その間も「自分がデザインを学んだ地、ヨーロッパで評価されるものをつくりたい」という思いが常にあった彼女は、帰国してから5年後、33歳のときにロンドンにある世界トップクラスの美術系大学院大学・ロイヤルカレッジオブアート(RCA)に見事合格し、満を辞してヨーロッパに戻った。深刻な病気を疑われたのは、その1年後のことだ。

「亡くなったばかりの親族と同じ病気の疑いを宣告されたんです。どうせ死ぬかもしれないなら、やりたいことは先延ばしにせず、全てやってから死にたいと思いました」

ヨーロッパに戻るきっかけになったRCAだが、結局、修士課程1年で退学することになった。もともと実際に手を動かしながらデザインするタイプだった喜夛さんは、もっと自分に合った環境で自由に動きたい一心で、自身の会社「T Magpie Design Management /Tomoko Kita Studio」を設立。さらに、英語が通じる上に工房が多く、ものづくりがしやすいアムステルダムに拠点を移した。

もちろん、怖さはあった。知っている人が一人もいない、何のネットワークもない国でお金を投資して、無職でゼロから始めることへの恐怖。ロンドンからアムステルダムに来る直前は1か月ほど不眠気味になった。

喜夛倫子 インタビュー

でも実際にアムステルダムに来て喜夛さんがまず感じたのは、アムステルダマーの寛容さと素朴さだった。移住者が多いこの街では、どこでも英語が通じるのはもちろん、来たばかりでまだルールが分かっていない喜夛さんにも親切だったという。ロンドンと違い、率直な人が多いのも楽だった。地元民の性格がさっぱりしていて住みやすいこの街、苦労はあったのだろうか?

喜夛さんは「それが一度、打ち合わせを重ねた後で、企画内容を資料ごと黙って全部持ってかれたんですよ」と答えた。あるオランダの企業に依頼され、仕事として提案したアイデアが、そっくりそのまま持ち逃げされてしまったのだ。来て半年、身に沁みた「勉強」だった。

アムステルダムはたしかに住みやすいが、そこはやはり異国。自分の身は自分でしっかり守らなければならない。外国人、女性、個人事業主、オランダ語が話せない…だから、ビジネスでもプライベートでも、不利な立場に立たされることが多かった。でもただめげるのではなく、契約書をしっかり確かめるようになり、オランダ語も学び始めた。

「日本人は搾取しやすいと思われる前例にならないよう、Assertiveness(自分の信念を定義し正当に伝えること)をモットーに、根気よく解決策を探り、泣き寝入りしないようにしています」

「嫌なことは糧にするんです」。偏見を押し付けられたこの不愉快な経験から、人々が先入観なく付き合えるようなコミュニケーションツールをつくりたいと考え、ボードゲーム【Shogito】を生み出したのだ。これが、喜夛さんがライフワークとして力を注ぐプロジェクトのひとつとなった。

喜夛倫子 インタビュー
喜夛倫子 インタビュー

インタビューを終えてから、アムステルダム中央駅から出ているフェリーに乗って河を渡り、彼女のアトリエがあるシェアオフィスを訪ねた。前日まで雨続きだった中、奇跡的に晴れたその日、船上は地元民と観光客で賑わっていた。風がとても気持ちよく、流れる雲が美しい。

「アムステルダマーのコミュニティーには思ったより苦労なく入れた」と語る喜夛さんの仕事場は実際、とても居心地がよさそうだ。同じ部屋のオランダ人デザイナーたちと軽く挨拶を交わしたが、皆にこやかで、お互いをリスペクトしている雰囲気がある。

2019年、オランダ人男性と結婚した喜夛さん。毎年、自分の中でその年のテーマにする漢字を決めているそうだが、2019年の漢字は「根」。つまり根付くための年だった。オランダで新たに代理店業務、商品の生産&販売、展示会サポートを行う会社を立ち上げた彼女の勢いは止まらない。「仕事を通じて、まだ見ぬ面白い人たちと出会いたいですね」と微笑む彼女の前に、世界はまだまだ広がっている。

喜夛倫子 インタビュー

喜夛倫子 Tomoko Kita

プロダクトデザイナー。オランダ・アムステルダムを拠点に活動。イギリスのキングストン大学プロダクト&家具デザイン学科卒業。Michael Young Studio、Kohler社のロンドンデザインスタジオでインターンを経験。日本のデザイン事務所で5年間、国内外の地場産業のプロジェクトなどに携わる。ロイヤルカレッジオブアートを中途退学し、2016年にT Magpie Design Management /Tomoko Kita Studioを設立。ヨーロッパの展示会を中心に作品を発表しており、代表作【Shogito】はイタリアのThe Legno Arredo Training Centreで永久所蔵品となった。
www.tmagpie.com
www.tomokokita.com
www.shogito.com

Photo & Text: Sakie Miura Edit: Milli Kawaguchi

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