レディの肖像 市川実日子の軌跡 文・山内マリコ

レディの肖像 市川実日子の軌跡 文・山内マリコ

雑誌『オリーブ』の専属モデルから始まった、市川実日子の軌跡。

スタジオへは、1人で現れた。

グレンチェックのジャンプスーツに、襟や裾を切りっぱなしにした古着っぽいジージャンを羽織って、足元は臙脂色のキャンバス地スニーカー、手にはマルシェかごを提げている。難易度の高いコーディネートながら、髪はラフだしほとんどノーメイク。それがとてもさまになっている。散歩の途中にぶらりと立ち寄ったようなリラックス感だ。撮影を終え、テーブルについたのはちょうどお昼どき。用意されたお弁当をいただきつつ、みんなで談笑しながらのインタビューとなった。

この連載の第1回を飾るのが市川実日子であるのはとても正統なことだと、読者の多くが納得しているはず。『ギンザ』にとって年の離れた姉妹のような関係だったティーン誌『オリーブ』。そこで1994年から98年までの4年間、彼女は専属モデルをつとめていた。

テーブルに広げられた自分のページを見て、「よくわたしを専属にしようと思ってくれたなぁ。これを可愛いっていう感覚が、みんなすごいと思う!」と、他人事のように笑っている。誌面に写る16歳のころの彼女は、少女モデルにありがちなロングヘアーのお人形タイプとは真逆。中性的で、ちょっと野性味も感じさせるかっこいい顔立ちだ。モデルデビューしたのはたしか中1か中2のときだったかなと、記憶をたどる。

「編集者の方から電話がかかってきたんです。お姉さん(市川実和子)からうかがったんですけど、『オリーブ』に出てみませんかって。そのときは声も出なくて、首振ってガチャンって切ってしまった。何回目かのときに、じゃあお姉さんと一緒だったらどう?って」

姉妹で『オリーブ』に登場したのが94年1月のこと。緊張しながら撮影にのぞんだ彼女が目にしたのは、働く大人の姿だった。

「スタジオで働いている大人たちが、かっこよかったんです。みんな真剣に、メイクしたり、洋服選んだり、撮り方を考えたり。わぁ、なんかカッコイイって思ったのが、わたしのはじまりです」

その年の秋には、2万7000人の中から専属モデルに選ばれた。撮影は月に1度か2度。

「自分がなんなのかもわからない、石ころみたいなときから仕事をはじめてたんですよね。モデルって、1人でスタジオに行くんです。当時はFAXで撮影場所の住所が送られてきて、地図を持って、会ったことのない大人が大勢いるところに1人入っていく。わたしはどちらかと言うと怖がりだし、人見知りもはげしかったから、最初が『オリーブ』という守ってもらえる環境じゃなかったら、今ここにいないと思います。『オリーブ』を作ってる大人たちの真剣なまなざしを、自然に見れた環境だったんですよね。またあのかっこいい大人たちに会いたいっていう気持ちで、スタジオに行ってました。気がついたらそこで培われたものが、わたしのものさしになってる。ゆっくりゆっくり育てていただきました」

専属モデルは特殊なロールモデル(お手本となる人物)だ。雑誌側からすれば、ほかとは違う個性を持った彼女を選んだこと自体が、『オリーブ』はこういう雑誌ですという意思表明みたいなものだったのだろう。それを読者も支持した。市川実日子という原石が磨かれていく過程を追体験し、自分もこんなふうに輝きたいと、あこがれを重ね合わせる。専属モデルと読者との、蜜月関係。とりわけ『オリーブ』は、熱い信者が多い雑誌だった。

「わたしは、なんというかのん気で。読者のみなさんの方が、熱心に読み込んでくれていて、それにびっくりしました。人が人に惹かれるって、うれしいことじゃないですか。でも若い時は、『もーわたしなんかがとんでもないとんでもない!』という感じが特に強かった。相手も夢を見たいだろうなぁって」

当時のページをめくるうちに、ファッションも実用重視の、今の時代の雑誌の話題になった。

「わたしは、雑誌にはちょっと夢を見たいんです。実用的な雑誌もいいけど、夢を見られる雑誌があってほしいなって、ずっと思っています」

『オリーブ』卒業後は他誌にも登場した。ネットが今ほど盛んではなく、とりわけあの時代の若者にとって、雑誌は絶対的な存在だった。加えて、時はサブカル全盛期。時代の空気と彼女のとがったビジュアルはこの上なくマッチして、雑誌をめくればその姿があった。

「サブカルっぽいとか、いまが旬だねとか、よく言われましたね。でもそれが、自分ではわからないんです。旬ってなんだろうって。相手からすると、褒め言葉として言ってくれたと思うんですけれどね。サブカルも、実はいまだによくわかっていなくて」

2001年の映画『とらばいゆ』以降は、女優として映画やドラマへの出演がつづく。

「若い頃からベースとして仕事が当たり前にあるから、ないとどうなるんだろう。仕事のことをいつもどこかに漂わせてるというか、やっぱり仕事中心なのかな。仕事は、生きてることの一部ですね」

2016年の映画『シン・ゴジラ』で演じた尾頭ヒロミは、ノーメイクにぼさぼさ髪ながら、男臭い世界で清涼な存在感が際立っていた。ネットで似顔絵イラスト祭りが起こるなど、一躍人気キャラに。モデルとしては長年スターだったけれど、世間的なブレイクは、尾頭ヒロミ役ということになる。

「わたし的には、あまり変わってないんです。どの仕事も、自分なりの真剣さでやっていて。こういうインタビューのお仕事も、『シン・ゴジラ』も。反響はうれしさもありますが、面白いなぁって、どこか客観的に見ている自分もいますね」

それからじっくり言葉を選んで、ぽそりとこう付け加えた。

「ずーっとやってきたことを、それでいいんですよって、言ってもらえたような気がして」

映画デビュー間もない2002年。『blue』でモスクワ国際映画祭の最優秀女優賞を受賞しているが、尾頭ブームはそのときを彷彿とさせる騒ぎだった。

「ありがたいと思っています。うれしくもあります。でもどこか、自分が歩いたあと、撮影したあとに咲いた花というか。自分のことのようでいて、みんなで作った役のことでもあるというか。『blue』の時は、モスクワから帰ってきてすぐ、たくさんの新聞へコメントくださいって言われたりして、少し混乱してしまったことがありました。うれしさと、ありがたさ、でもいちばん大きかったのは、困惑でした。外に出たら世の中が変わってるんじゃないかと思ったりして。そんな時、ふいに友達が、『ミカおめでとう。世の中なんにも変わってないよ』ってメールをくれて、それでちょっと安心しました」

今年もヒット作に恵まれている。1月〜3月クールで放送されていたドラマ『アンナチュラル』の東海林夕子役は、かなり素に近いんじゃないかと思わせる、自然かつ抜け感のある演技が光っていた。死体を扱うラボで、東海林のひゃっひゃと響く特徴的な笑い声は、一気に場を和ませる。ちょうどこのインタビューでも、何度もそんな場面があった。初対面の筆者が、「そのまんまですよね」とたずねると、「そうかなぁ?」と首を傾げる。

「だんだんそうなっていったところもあるのかもしれないですね。ドラマの中では、明るくいるべきパートだったから、地の笑い声も、監督が入れてくださいと。ドラマの面白さって、キャラクターが育っていくところですよね。自分と役は、影響し合う。振る舞いも含めて、役に近づこうとずっと考えてるから。撮影期間中は共演者のみんなが、それぞれの役や関係性を探りながら接してる気がします。そこもチームワークというか、みんな現場中は、ちょっとだけ役が混じってる」

ドラマの撮影現場、カメラが回っていないときも、与えられたキャラクターをにじませて過ごす役者たち。華やかに見えても、地道な努力の積み重ねなのだ。

思わず「変わった仕事ですね」と感嘆を漏らすと、こんな言葉が返ってきた。

「でも、あるときに、どの仕事も一緒なんだなって思ったんです。結局は、人なんだなって。人が人と一緒に仕事をしているんですよね。あと、人がそこにいて、なにかをしようとすること、それ自体がクリエイティブなんだなって思うんです。今ある中で自分はどうしたいか、なにがたのしいかって考えることが大事なのかもしれないなって」

ここで彼女はちょっと声のボリュームを上げて、意思表明のように言った。

「わたし、みんながたのしいのがうれしいんです。みんないい気持ちでいるかな?みんなたのしいかな?って、どうも気になってしまうんです。仕事する上でも。みんなにとってそれって素敵なことなのかな?っていう考え方が、自分の基本にあります」

話していて感じたのは、他者への寛容さだ。言葉の端々に、「いろんな人がいていい」「それはそれで、その人の道だから」と、さらりと付け加える。ダイバーシティ的な配慮というわけではなく、本当にそういう考えの持ち主なんだということが、伝わってくる。

デビューのきっかけにもなり、カリスマ的な人気のあった市川実和子さんとは、今でも友達みたいに仲がいいそう。

「姉と比べることですか?でも、姉は先を歩いてて当たり前だから、自分と比べないんです。もともと、あんまり人をうらやましがるほうではなくて。それより自分を責めてしまうというか」

今後どうなっていたいかとたずねると、「いい作品に出合いたいと思っています。規模の大きい小さいより、自分の心がどれだけ震えられるかというところが、大事だと思っています」という答え。世間的な評価ではなく、自分のものさしの精度を上げることの方が、彼女にとっては大事なのだ。

「他の誰かの価値観ではなく、自分が本当に望んでることに気づきたいというか。自分の自意識を守るために、外を否定するのは違うな、というのは思っていて。だからもうちょっと自分で俯瞰できるようになりたいなって思っています。忙しがってないで、もっと〝今〟に集中したい。自分がなにを感じてるのか、その時その時で、ちゃんと感じたいんです」

感覚的に、心の赴くままに喋る人だ。つかみかね、何度もしつこくたずねると、彼女はたとえを並べて、「言葉にするの難しいですね」とはにかみながら、親身に伝えてくれる。気がつくと予定をオーバーし、スタジオを出なければいけない時間。スタッフも三々五々帰っていく中、ギリギリまで話してくれた。

「自分のアンテナに引っかかるものが大事。みんなと同じことをしなくていいというか、みんなのしてることが必ず自分もたのしいわけじゃないというか。ちょっとあまのじゃくなのかもしれないですね。理屈なしで惹かれるもの。わくわくする感じ、感覚を、大事にしたい」

それは、仕事を含めた生きること全体へのスタンスにもつながっている気がした。借り物の価値観に惑わされない人。そうありたいと思っている人。思えば、彼女が登場する雑誌が発信していたメッセージも、まさにそうだった。

「中学のころから、小舟が流れるように来てしまっているんですよね。お会いした方に、39ですって年齢言うと、すごい驚かれるんです。年齢とか数字とかに縛られたくないって昔から思っているほうだけど、今年40歳になるのは、ちょっとだけドキドキしてます(笑)」

市川実日子

市川実日子

1978年、東京都生まれ。雑誌の専属モデルを経て、2000年に『タイムレスメロディ』で長編映画デビュー。16年に出演した映画『シン・ゴジラ』では第71回毎日映画コンクールで女優助演賞を受賞。ドラマ『アンナチュラル』での好演も記憶に新しい。19年公開予定の映画『お父さん、チビがいなくなりました』に出演。

コットン素材のノーカラーシャツ ¥124,000(ジル・サンダー | オンワードグローバルファッション 0120-919-256)

インタビュー・文
山内マリコ

作家。デビュー作『ここは退屈迎えに来て』が映画化され今秋全国公開予定。新刊『選んだ孤独はよい孤独』が5月に発売される。


Photo: Yasuhide Kuge Styling: Tamao Iida Hair&Make-up: Chinone Hiromi (Cirque) Interview&Text: Mariko Yamauchi

2018年6月号掲載

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