23 Sep 2021
人間のほんとうの話を書きたい。 松尾スズキ渾身のエッセイ『人生の謎について』

9月24日発売の松尾スズキさんの新刊『人生の謎について』。約2年半ぶりとなるエッセイ集は、『GINZA』2018年6月号から続く同名連載をまとめたもの。有史以来、そして、永遠の謎。人生の謎を丸裸にすべく挑んでいたら、おのれが丸裸になっていた。家族、故郷、恋人、仲間、仕事…、松尾さんが自身の過去に正面から対峙して、真摯に綴った文章は、タイトル通り、読み手に人生の深遠さを痛切に感じさせます。あらためて、松尾さんが『人生の謎について』に込めた思いをお聞きしました。
──「人生の謎について」という連載タイトルは松尾さんからの提案でした。
それまで、エッセイではあまり人間の深淵に踏み込んで書いてはいなかったんです。ここのところギャグにまみれた文章に少し飽きていました。年齢を重ねるなかで、松尾スズキを作ってきたものは何かな、どうして今こうなっちゃっているんだろうと思案することも多くなってきて。だから、自分をもっと掘り下げて、時間が経って読み返したときに「こんなことを考えていたんだ」と分かる原稿を残したいと思ったんです。日常にある瑣末なことを混ぜつつですが、“来し方”にしっかり向き合っていこうと。
──『GINZA』という雑誌で、人生をテーマにしようと思った理由は?
服、バッグ、美味しい店の情報など購買意欲をそそるようなグラビアや記事がずっと続いてきて、最後のページでちょっと冷水を浴びせたいというか(笑)。これまでサブカル寄りの媒体でエッセイを書いてきたけれど、『GINZA』は少なくともそっち方面の雑誌ではない。しかも、他の女性ファッション誌より深みに踏み込んでいる感じがあって、こういうテーマも受け入れてくれるだろうと。もちろん、誌面にも寄り添いながら、その上でちょっとだけエグミというか、スパイスを効かせられたらという気持ちがありました。
──母親の介護、兄や姉との別離なども赤裸々に書かれています。逡巡することはありませんでしたか?
執筆するときはもちろん、書籍化にあたって連載をすべて読み返し、収録を直前まで悩んだ回もあります。ただ、『GINZA』読者の中には30代や40代の方もいるでしょう。そういう人生の“第二段階”にあるような人たちに向けた文章として浅いものは書けないし、掲載はできないなと。この本が“そこから先の物語”や “さらに先の後始末”について思いを巡らせるきっかけになることもある。だからこそ、自分自身が深く考え、“本当のこと”を見せていかないといけないと思いました。
──いつ頃から「人生の謎」に向き合おうと思ったのですか?
人生ってなんだろうって考えるときは、だいたい苦い思いからですよ。夜中とか起き抜けにふと「あー、これは一生のやつなんだ」って。このまま悩み続けるのは分かっているから、理想を言うなら解脱したいところもあるけど、それは無理な話で。若い頃は何も考えずに創作活動に打ち込めていました。なんだろうな、年齢を重ねて、“若さ”という能力にもうすがれなくなったからかな。人前に出るのは怖いことだって再認識したんです。以前は腹が立たなかったことに、すごく怒ったりして。不思議なもんですよね、人生に慣れない、というか。慣れなさが研ぎ澄まされる、というか。あえて、こういう感覚を麻痺させる生き方もあるのでしょうけど、そうなると作品が書けなくなると思います。
──全39回の重厚な文章の中に、ふと猫とカエルとウ○チの話があるのも面白いです。
意味と無意味が混じり合ってこそ、人生という時間なのかな。どれだけしんどいことを書いていても、「人生って、なんなんだ」を毎回の締めの言葉にしているのは、ちょっとくだらないというか、どこか笑える感じを残したいからなんです。
松尾スズキ まつお・すずき
1962年12月15日生まれ。福岡県出身。作家、演出家、俳優。88年に「大人計画」を旗揚げ、主宰として多数の作・演出・出演を務める。97年、『ファンキー!〜宇宙は見える所までしかない〜』にて第41回岸田國士戯曲賞受賞。04年、初の長編映画監督作『恋の門』がヴェネチィア国際映画祭に正式出品。06年に小説『クワイエットルームにようこそ』、10年に『老人賭博』、18年に『もう「はい」としか言えない』が芥川賞にノミネート。19年、「東京成人演劇部」を立ち上げ、『命、ギガ長ス』を上演、同作で第71回読売文学賞戯曲・シナリオ賞受賞。演出を務める舞台『パ・ラパパンパン』が11月3日よりBunkamuraシアターコクーンほかで上演。
Photo: Sayuki Inoue Stylist: Tomoko Yasuno Hair&Makeup: Seigo Amano Text: GINZA