クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。28歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回はvol.82勝手に感動してるだけ ニューアルバムについてのインタビューはこちら
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.83
母からのサプライズ
vol.83 母からのサプライズ
「どうか…!どうか間に合っていますように」祈るような気持ちでエレベーターに乗り込み、そそくさとマンションのドアの鍵を開ける。人感センサーが私に反応し、数秒遅れて玄関の照明が自動点灯したら、無事に1日が終わったことに感謝〜、自分お疲れ様〜とあらゆる感慨を込めて「ただいま〜」を言う日常。大きめの姿見を横切るついでに、新しく試したマスカラやアイラインが落ちてないか軽くチェックしてみたり。雨が降っている日だったら、湿度にやられヴォリュームを失った自分の猫っ毛具合にげんなりしたりして。キーフックスタンドに鍵を掛け、ロングノズルを片手で1プッシュ。スリッパを履き、廊下を歩きながら両手にアルコール消毒を馴染ませ、リビングのドアを開け、電気を付け、食卓の椅子に荷物を置いたら、洗面所で手洗い、うがい、鼻うがい、が定番コース。でも今日はそんな余裕は一切なし!
とりあえず手だけ消毒しリビングへと急ぐ。ドアを開けると暗がりの部屋の中でインターホンの青白いランプが点滅していた。あーーーー。間に合わなかったかーー。肩の力が一気に抜け、買い物袋がフローリングの床にポスッと滑り落ちた音がした。ため息を抑えきれず、ゆっくりとした動作でそれを拾い上げ椅子に置く。「卵、買ってなくて良かった」心の中でそう呟きとりあえずリビングの電気を付ける。
今日は福岡の母から荷物が届く予定になっていた。春ツアーが始まった今、自宅を留守にすることが多く、直近で贈り物を受け取れるのは今夜のこの時間帯しかなかったのに…インターホンのお知らせボタンを押すと、画面に来客録画の記録が映し出された。宅配業者のお兄さんが持っている段ボール…右端の時刻を確認すると、なんと私が帰宅する1分前の訪問。
「えぇ!めちゃめちゃニアミス!これは、まだイケる!」そう思った私は、玄関にダッシュし、エレベーターに再び乗り込み、マンション1階のポストに直行。不在連絡票を見つけるなりスマホでドライバーの方の電話番号を打ち込み、出て〜!と再び祈る。数回のコール後繋がったお兄さんに、たった今帰宅し、以後在宅していることを勢い良く伝えると、あっさりとした口調で「今から再配達行くっすね〜」と。体を直角におり「ありがとうございます」と全力で告げた私の姿がお兄さんの瞳に写っていなくても、受話器越しの声にその念が宿っていたのだろう。お兄さんの「うっす!」にも相当な気迫があった。
晩ご飯を食べ終わった頃にインターホンが鳴り、お兄さんから手渡された母からのダンボール。カッターとハサミで丁寧に開けると、たくさんの保存容器が。そこにペタッと貼られた付箋。「豚の生姜焼き」「豆腐ハンバーグ」「オートミール お好み焼き」端に絵葉書が一枚。わーっと思わず声が出る。丸っこくて優しい母の字。私が好きな料理を休日にいっぱい作って冷凍して送ってくれた母。ツアーに出ると中々自炊できないでしょう、頑張って、のサプライズ。手作りが1番嬉しい。だってどこにも売ってない。でも手作りって心も時間も必要で。お母さん、ありがとう。そっと手を合わせた。
Text:Leo Ieiri Illustration:chii yasui