「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は、vol.103 ホ・オポノポノ。ニューアルバムについてのインタビューはこちら。
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.104
わからない、程、良い
vol.104 わからない、程、良い
はじめてその人のご自宅兼アトリエで顔合わせを含めた打ち合わせをすることになっていた日、私は1時間30分前に家を出て、結局4分遅刻した。マネージャーの彼女に集合場所と時間の確認をして、その近所にあるずっと行ってみたかった雑貨屋に行った。それでも時間が余ったから、ひとつ隣の駅まで歩いて本屋で時間を潰した。到着時刻を逆算し英語のテキストを1冊買って店を出た。その人のご自宅兼アトリエに向かって歩きながら、新しい曲の歌詞を頭の中で書いた。だけど、歩いても歩いても、目的の場所に着かなくてふてくされながらGoogle マップを見ると反対方向に歩いて来てしまっていることが分かった。「あーほら出た、私ってこういうとこあるよねー」って自分と、「これ、打ち合わせに間に合わないんじゃね?」って思考が同時に生まれて、急いで信号を渡り道に立ちタクシーを探した。「家を1時間30分前に出たのに、どうして私は遅刻しそうになっているんだろう?」と少し泣きそうになりながら乗客を乗せたタクシーを何台も見送った。やっと空車のタクシーに乗車でき、なんとか間に合いそうでほっとしたけれど、一通でその建物の前まで行けないと運転手さんに告げられ大きな通りで降ろされた私は迷った末に4分の遅刻をしたのだった。
玄関の扉を開けると、たくさんの靴が並んでた。リビングに行くとそのたくさんの靴を履いてここまで来た人たちの顔が私を見上げた。「すみません」と謝った後、その人がまだその場にいないらしいことを知り、ほっとしたけど、緊張した。時間から遠い場所にあるような部屋だった。今何時なのか、ここが何処なのか忘れてしまうような。背の高い書棚にはその人が今までしてきた仕事、被写体の方の名前と日付が記録されたファイルが並べてあって、中にはフィルムで撮った写真が収まっているんだろうなと思った。床にはこれまで出版してきた本が適度に自由に積み上がったり並べられたりしていた。壁にはポスターも貼ってあって、なのに全然苦しくなかった。作品だらけの部屋にいるのに、作品が私に向かって何かを叫んだり、語りかけたりしてこない。見られる為に、見せる為に撮られていない写真たち。写真なのに、作品なのに、そんなことを思って、あべこべで訳が分からなかった。ただまどろみの中にいる様な安心感が静かに擦り寄ってきて、何かがはじまることを私に教えてくれた。写真家の佐内正史さん、その隣にいた光に満ち恵まれた名前を持った方。多分この方も写真を撮るんだろうな、お手伝いをされているんだろうな、とご挨拶をしながら思って。ごく自然に並ぶお二人の関係に、写真家とアシスタント、写真家とマネージャー…と、名前を探している自分に気がついて。誰かと誰かの繋がりに名前を付けることで理解したつもりになろうとしている心を解き放った。
肩書も何もなく、ただ「自分」で自分の存在を問いかけてくる視線の重みが、すごくかっこいいと思った。
その打ち合わせの時、まだ完成していなかった私の新しい曲「ワルツ」。メロディと歌詞をまだ紡いでる段階で、ミュージックビデオとC Dジャケットの撮影をお願いしに行ったこの日のことを私はずっと覚えていると思う。忘れないんじゃなくて、覚えている。そんな温度。嘘を付かず生きることの真剣さと自由さ。自由を選ぶことの孤独。そしてただ、佐内さんとその人が好きだと思った。難しくなく、ありのままの気持ち。今回のエッセイでは書ききれないほどのスパーク。
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家入 レオ
Leo Ieiri
1994年生まれ、福岡県出身。17歳のメジャーデビュー以降、ドラマ主題歌やCMソングなどを多数担当。
2023年2月、約4年ぶりとなるアルバム『Naked』をリリース。12月には自身初の海外公演となる「LEO IEIRI Live in Shanghai」を中国・上海で開催。2024年2月には上海公演での反響を受け「LEO IEIRI Live in Shenzhen」を中国・深圳で開催。3月には日比谷野外大音楽堂にて2日間にわたって「家入レオ YAON ~SPRING TREE~」を開催。ジャンル・国内外問わず、幅広い活動を続けている。
Text:Leo Ieiri Illustration:chii yasui