「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は、vol.105 野音の奇跡。ニューアルバムについてのインタビューはこちら。
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.106
たまに道は後ろにある
vol.106 たまに道は後ろにある
スマホの音声ヴォリュームを最大まで上げ、アプリを起動させた。赤いトレーニング開始ボタンを親指でクリックしたと同時に女性AIの「トレーニングを開始しました」という抑揚のない声。それを聞き終わらないうちにスマホをポケットの中に入れファスナーを引く。腕に装着した心拍計バンドの位置を確認してから、人工芝のグランドにスニーカーで飛び出した。
ライブやリハーサル、テレビ収録やレコーディング…とにかく歌唱前のストレッチと筋トレ、有酸素運動は欠かせない。身体が硬い状態のまま声を出すと長時間歌い続けられないし、喉に負担がかかる。何よりストレスなのは、自分のイメージしている音や表現に声帯がついてこられないこと。歌は想像を現実にする瞬間が楽しい。だけどその精神領域の中で音を鳴らすには、一にも二にも事前準備。ふとした瞬間、自我に負けない心を育むこと。曲の持つメッセージだけを真っ直ぐに伝えられるように自分を鍛え、整えてくれる筋トレやランニング。自分と約束したことを続けるのは、正直めんどくさかったり、嫌になったりする日もあるけれど、それはイコール自分を守ることに繋がるから、やる。
この春は本当に充実していて。連日のリハーサルに本番。制作にレコーディングに撮影。喉のことを考えて仕事に臨みたいけれど、声を抜ける仕事がない。声が飛んでしまったら…と少しでも気を抜いたら帳尻が合わなくなってしまう緊張感と隣り合わせだった。明日のことを考えると気持ちが滅入ってしまうので、その時目の前にあることだけに全集中する積み重ねで越えた日々。だけど全てのスケジュールを一緒にやりきったマネージャーの彼女と、最終日を迎えた夜、「やりきったーー!お疲れ様です!」とお互いを労いながら、「どの現場もめちゃくちゃ勉強になったね。大変だったけど、やっぱり大変って良いね、楽しいね!」とナチュラルハイになりながら家路についたのだった。
だから今日も。新しい出会いを、新しい感情を、これから何かが始まる予感を胸に感じながら、風を切り、走る。テンポ良く、足を前に、前に踏み出す。上がる息。ひとつに結んだ髪が揺れる。女性A Iが1キロ毎に心拍数とラップタイムを教えてくれる。苦しいけど、気持ちいい。公園を3周くらいしたところで、ふと、「いつも時計回りに走ってるけど、逆で走ってみよう」と思い、踵を返した。道を切り開いたり、新しいものをどんどん感じることも大切なのだけど、今まで歩いて来た道、通り過ぎてきた景色だって同じくらい大事にしていたい。何故かそう思った。そして、逆回りで走っているだけなのに、いつも走っているその場所がまた違った風に自分に響いてきて。時に道は後ろにあったりすることもあるのかもしれない、と思った。
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家入 レオ
Leo Ieiri
1994年生まれ、福岡県出身。17歳のメジャーデビュー以降、ドラマ主題歌やCMソングなどを多数担当。
2023年2月、約4年ぶりとなるアルバム『Naked』をリリース。12月には自身初の海外公演となる「LEO IEIRI Live in Shanghai」を中国・上海で開催。2024年2月には上海公演での反響を受け「LEO IEIRI Live in Shenzhen」を中国・深圳で開催。3月には日比谷野外大音楽堂にて2日間にわたって「家入レオ YAON ~SPRING TREE~」を開催。ジャンル・国内外問わず、幅広い活動を続けている。
Text:Leo Ieiri Illustration:chii yasui