「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は、vol.108 伝える努力。ニューアルバムについてのインタビューはこちら。
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.109
あの夏のあの感じ
vol.109 あの夏のあの感じ
小さい頃から、歌う事が大好きだった。一人遊びは空想か歌を歌うこと。ベッドやテーブルに立って、左手をグーにし即席マイクを作った。目を閉じればまぶたの裏には大勢のオーディエンスが浮かび、大きな会場は水を打ったように静まり返っている。私がゆっくり息を吸い込む音が微かにマイクにのり、固唾を呑んでその様子を見守っているオーディエンスが皆前屈みになる。そして、私は音楽とひとつになり、気づいたらライブは終わってて。スタンディングオベーション。夢か現実か分からないと思いながら、客席の暗闇に浮かんでいる世界中の人々の顔を信じられない気持ちで見つめている自分。
鼻をかすめた埃っぽい匂いで、思わず目を開けた。見覚えのある部屋。磨りガラス越しに差し込んでくる夕日。光の中、宙に舞う小さな羽毛と埃が美しかった。誰もいない家はがらんとしていて、心に広がりかけた心細さを締め出すようにカーテンを引いた。むっとした部屋の中はほの暗く、輪郭を失っていた。土壁にもたれかかると、頬がひんやり冷たく、爪を立てるとポロポロと砂が焼けた畳に剥がれ落ちた。何かと対決するみたいに私は同じ姿勢のままそこでしばらくじっとしていた。
キッチンに行き電気を付けて、冷蔵庫から出した麦茶を飲みながら、食卓にあったお母さんの置き手紙を読んだ。こんな暇な夏休み早く終わればいいと思った。楽しみにしていたドラマの再放送の時間も少し過ぎてしまった。今テレビを付けたら間に合うのに、チャンネルを探す気持ちになれずにいた、あのいじけた夏。早く大人になりたいと思っていた。大人になりたくないと思っていた反抗期もあったけど、子どもと大人、両方体験してみて、責任も伴うけど大人って悪くないな、良いなって思う。
このエッセイをどの世代の方が読んでいるか分からないけれど。大人の許可がないとプールにも行けない年齢のあなた。果てしなく思えてしまう時間の中にいるあなた。終わりは必ずくるよ。私はもう、いじけた夏休みには戻りたくないけれど、あの夏のあの感じは時々自分を救ったりもするんだよ。大勢の中で迷子になりそうな時、自分にとって何が大切なのか思い出したい時、あの夏のあの感じが想像力があれば大丈夫だと教えてくれる。
Text_Leo Ieiri Illustration_chii yasui