南アジアにルーツを持つ、シャララジマさん。見た目で容易に規定されることなく、ボーダレスな存在でありたいと、髪を金髪に染め、カラーコンタクトをつけてモデル活動をしている。“常識”を鵜呑みにしない彼女のアンテナにひっかかった日々のあれこれをつづった連載エッセイ。
前回記事▶︎「vol.11 都会の踊り子としてつける魔除け」はこちら
シャラ ラジマ「オフレコの物語」vol.12
南アジアにルーツを持つ、シャララジマさん。見た目で容易に規定されることなく、ボーダレスな存在でありたいと、髪を金髪に染め、カラーコンタクトをつけてモデル活動をしている。“常識”を鵜呑みにしない彼女のアンテナにひっかかった日々のあれこれをつづった連載エッセイ。
前回記事▶︎「vol.11 都会の踊り子としてつける魔除け」はこちら
旅の記憶は突然降ってくる。まぁ私の場合は文章もなんでも突然降ってきてなんでも思いつきでやっちゃってあとで辻褄合わせるタイプだ。計画性のない人生。旅をしている最中の時間はどんどん過ぎ去って行くが、終わった直後もそこで得たエネルギーを自分の人生の燃料にしてることになる。その時の記憶自体はしばらく頭の底に溜め込んでしまう癖がある。私にとってその景色は旅の熱も冷めたある頃、寝る前とか夢の中とか突然デジャブみたいに降ってくるものだ。
フランスの田舎の方、ドーバー海峡沿いの崖の上からピクニックした光景が蘇る。海の向こうはイギリス。ボトルで飲む名産のシードルとサラミ、そして丸かじりで食べることを学ぶいちじく。
去年の秋はパリコレを初めて見てみようと、パリに飛んだ。パーティーで賑わうパリのファッションショーの合間に2日ほど空きができた。たまたま同じタイミングでフランス人の友人が、フランス北西部の港町の実家に帰っていたので、そんな偶然も起きないよねということで海の方までひとっ飛びした。場面で決める行動が私は大好きだ、新しい景色が続く予感だけでもわくわくして眠れなくなる。ループは耐えきれない。
パリからレンヌを超えたその先にあるサン=マロという街を目指した。東京の複雑な交通網が得意な私でも、ドキドキしながら乗る外国の電車。駅弁が存在しないことを残念に思いながら買うハムチーズサンドとコーヒー。電車から見える景色はまるでテレビで見る「世界の車窓から」そのもの。夏でも強すぎない柔らかな日差しが彩る光景。
迎えにきてくれた友達と合流して、さらにローカルの電車で二駅ほどいったところに実家はあった。十字架の像が印象的な街の一軒家。霧が立ち込める中から朝日が差し込んで、庭で飼っている鶏がコケコッコーと鳴いていた。お家でまったりしつつ、友人はこの地域の名産であるムール貝が食べれる河川敷のお店まで行こうと誘ってくれた。自転車で走ったヨーロッパの田舎はミレーの絵画の中みたいな、ここは「落穂拾い」の世界ですか?みたいな畑がずっと広がっていた。だが畑を抜けた先に見えた河川敷はまるで、私の地元北区王子の中学の裏にあった荒川の土手沿いのように見えた。もう少しまっすぐいけば足立区のケーズデンキがある付近で花火が上がりそうな、そんな景色と重なった。新しい景色はいつもなにか似ている。膨大な記憶を呼び起こす。旅はむしろ自分の眠っていた記憶を呼び起こすためにいくのかも知れない。新しい人や久しぶりの人と会って会話するのも、自分の忘れていた要素を思い出させてくれるように。
この地域では、ムール貝と同じく名産であるシードルを合わせて飲む。晴れやかな昼間にも関わらず、照りつける太陽の光は柔らかくて、その距離と、アジアとは違う緯度を感じた。憧れのヨーロッパの田舎ライフは、学校帰りでみんなでだべった荒川の河川敷に似ていることを話しながら昼間から飲んだ。パラレルワールド的に懐かしさを感じながら、2日しか過ごしていないこの街を離れるのが寂しかった。田舎町の早い時間の終電からパリに向かう。友人は電車の中で食べてと、おにぎりみたいにサラミを持たせてくれた。そんなサラミを握りしめ、リュックをお腹に抱えて終電に乗れたことに安堵していたら、うとうとしてしまった。ハッと気がついた時には見覚えのある駅に止まっていた。時間は2時間ほど経っているのに同じ駅にいるSF的な状況に慌てて外に出ると、この電車はパリまでの終点で止まるわけではなく折り返すタイプの終電だった…。どうやら私は深い爆睡をかました末、親切な日本の駅員のように起こしてくれる人もなくパリから折り返して、偶然にも乗った駅に戻ったタイミングで目を覚ます奇跡を起こしたようだった。夢なのか現実なのか、自分でも予期しないミスにより強制的に滞在が一日延ばされたこの旅の記憶は、恥ずかしさのあまり頭の中から吹き飛ばされていた。
Photo&Text_Sharar Lazima