〈シャネル〉が名作『男と女』のシーンを再現したムービーを発表。恋が燃え上がる瞬間を、ペネロペ・クルスとブラッド・ピットが繊細に演じる。
〈シャネル〉から映画『男と女』へあふれる愛とオマージュを
ペネロペ・クルスとブラッド・ピットが伝説的バッグを間に向かい合う
1966年にフランスで公開された映画『男と女』は、恋愛映画の原型であり、極致でもある。ともに伴侶を亡くした男女が出会い、新たな愛への恐れやためらいを抱きながらも惹かれあっていく…。クロード・ルルーシュによって恋という現象が抒情豊かに描き出された傑作だ。ヌーヴェルヴァーグの自由な精神が反映された映像には、音楽家フランシス・レイの「ダバダバダ…」というスキャットが合わさり、メランコリックで詩的な世界が広がる。
〈シャネル〉のアーティスティック ディレクター、ヴィルジニー・ヴィアールにとって、『男と女』は単なる憧れ以上の存在だった。なぜなら、メゾンとの運命的なつながりを持つ一本だから。物語の舞台は、パリ、そしてドーヴィル。マドモアゼル シャネルが1912年に初めて帽子店を開いた、ノルマンディー地方の美しい町だ。偶然の一致はさらに続いて、主演女優のアヌーク・エーメが作中で手にしているのは〈シャネル〉のハンドバッグ。撮影衣装には彼女の私物が使われ、このアイコニックなバッグも、アヌークが日頃愛用していたものだったという。
「今夜の部屋を頼むよ」──『男と女』に出てくるセリフだ。アヌークの相手役ジャン=ルイ・トランティニャンが、ホテルのレストランでの食事中にギャルソンを呼んで声をかける。それは、感情が弾け、愛が前へと進もうとしているサイン。
2024年3月に発表された広告キャンペーンムービーでは、映画の代表的なシーンをリメイク。まるでデジャヴのように一言一句が再現され、バッグの配置や撮影アングルなどの細部にまでオマージュが光る。
撮影・監督は、これまでもメゾンのヴィジュアルを何度も手がけているイネス&ヴィノード。キャストには、今日の映画界のレジェンドが名を連ねた。〈シャネル〉のアンバサダーでもあるペネロペ・クルスと、ブラッド・ピットだ。二人は圧倒的な存在感で画面を満たし、交わされる眼差しには高揚と恥じらいとが入り混じっている。〈シャネル〉のチェーンバッグは、そんな恋人たちの思いを仲立ちするかのように、間に佇む。場面が海辺に切り替わると、ペネロペは軽やかにバッグを肩にかけて砂浜を歩く。自由を表現する〈シャネル〉のバッグは、普遍的なアイコンとして今も昔も持つ者の心に寄り添うのだ。
ヴィルジニーがあたためてきた敬意が存分に表現された動画。セリフからクロスカッティングの手法まで『男と女』をなぞっているが、実は核となる一言を発するのは、男性役ではなく女性役のペネロペ。そうしたアレンジにも、メゾンのユーモアが潜んでいる。特別な瞬間で心の奥にある願いをとらえ、勇気を与えてくれる〈シャネル〉のアイコン。往年の名画に思いを馳せながら、一つのバッグがもたらす自由と情熱を感じたい。
Text_Motoko KUROKI