愛し合いながらも別れを選ばざるを得なかった斎藤正一(鈴木亮平)と浅川恵那(長澤まさみ)。ひとつの事件がそれぞれの人生をこんなにも変えていくのか──。『エルピスー希望、あるいは災いー』6話を、ドラマを愛するライター釣木文恵と漫画家オカヤイヅミが振り返ります(レビューはネタバレを含みます)。5話のレビューはこちら。
考察『エルピス』6話。真っ白な恵那が大洋テレビの顔に!しかし斎藤のLINEがいろいろ気になる
別れのLINEに「相克の関係」「情理」
LINEをちまちまと小分けにして送る人と、長文を送りつけてくる人。どちらのほうがよりタチが悪いか、1週間考え続けても答えが出ない。『エルピス』6話で、『ニュース8』出演直前の浅川恵那(長澤まさみ)に斎藤正一(鈴木亮平)が送ってきた別れのLINEの話だ。「♪ピロン」の音が連発していたときには「うわー」と思った。「演出がすぎるぞ」とも感じた。あの内容を直前に読ませて、恵那が出演をとりやめる一縷の望みにかけたのか? とさえ勘ぐった。もうひとつ、別れのLINEに「相克の関係」「情理」という言葉を使う人をどう判断すべきか、も考えている。愛する女に別れを告げるにしては冷静な言葉選びじゃないか?
多少の演出はあったにせよ、恵那を好きだったことも、きっと斎藤の本心だろう。「限りなくエンゲージリング的な指輪」を渡していたことからも、結婚だって考えていたのだろう(大事なことを言葉にせずこっちに解釈を委ねてくる人ではあるけれど)。けれど、『フライデーボンボン』チーフプロデューサーの村井(岡部たかし)いわく“あっち側”=政治的な「素質がありすぎる」斎藤は、その才能という厄災によって大事なもの=恵那を「人生から押し流す」ことになってしまった。
このシーンでは、『ニュース8』への記者としての出演を「やめとくか?」という村井がかっこよかった。アナウンサーとして「原稿を読まされてた」という言い訳で斎藤と恵那を救おうとした。局内の政治をよくわかっているからこその振る舞いだ。
その申し出を断り、「この仕事は私です、まるごといまの私自身なんです」という恵那もまた、かっこよかった。
こうなってくると、路チューを週刊誌に撮られて別れたのが、ほほえましく平和なできごとにさえ思えてくるから恐ろしい。
うすっぺらくありがちな番組リニューアル
5話で岸本拓朗(眞栄田郷敦)が解き明かした重要な真実は、村井の一存により『フライデーボンボン』で放送された。結果、世論が大きく動いた。関係者は松本死刑囚(片岡正二郎)が逮捕されたとき同様マスコミにさらされ、目撃証言のウソが暴かれた西澤(世志男)は逃亡。恵那は木村弁護士(六角精児)から「再捜査の可能性は消えましたよ」と責められる。
斎藤を通じ大洋テレビが懇意にしている副総理・大門(山路和弘)のメンツを潰さぬよう、『フライデーボンボン』は打ち切り、村井は子会社左遷、拓朗は経理へ異動という「あからさまな粛正」が行われた。粛正、という強い言葉からもこの人事の残酷さを伝わる。
後継番組『ウィークエンドポンポン』では村井の代わりに事なかれ主義の名越(近藤公園)がチーフプロデューサーに。MCは変わらず海老田天丼(梶原善)。けれどアシスタントはより若い女性に、ひな壇のボンボンガールも総とっかえという、雑な、けれどものすごくよくありがちなリニューアル。最終回終了後のなんとも言えないアシスタント、ボンボンガールたちの表情がよかった。
最後の打ち上げで恵那が歌った「贈る言葉」はすばらしかった。から騒ぎでいろんなことをごまかしていた空気ががらりと変わってしまうことに納得できる長澤まさみの歌唱力! 改めていい歌だなと歌詞が染み入った。そんなに上手ではない、慣れない感じで途中から一緒に歌わされる岸本もよかった。
番組をおろされた同士の傷のなめあいのような関係をつなぐ岸本とあさみ(華村あすか)。あさみが恵那についてのネットニュースを見ながら「斎藤さんとは別れたんだよね」と言うと、「そうなの?」と答える岸本。相変わらず社内の関係性に疎い。目の前であんなに泣いている恵那を見ていたのに。それともとぼけていたのだろうか。
ここで、あさみが読み上げた恵那に対するコメントの中にあった「相変わらずエロい」に徒労感が募る。何をしても、どこに行っても関係なく、そんな目で見られ続けなくてはならない。
流される“メインキャスター”恵那
恵那はといえば、『ニュース8』にメインキャスターとして返り咲いた。その初日、近寄ってきたプロデューサー佐々木(神尾佑)の発言はパワハラセクハラの嵐だ。
「出戻りを引き受けるって決めてやったのは俺だからね」「案外悪運強いよねお前も」「俺の下で余計なことは死んでもさせねえからな」「女の旬てのは全く短いもんだよねえ」。佐々木を見ていると、村井はかわいいもんだったなあ……。
けれども、恵那も負けてはいない。「余計なことはしませんけど、必要だと思うことはします」「真実を伝えられないなら、キャスターなんてただのうそつき人形です。覚悟はしてますから、ご都合悪ければいつでもさっさとおろしていただいてけっこうです」。眩しいほどの白い衣装で、佐々木に返す。
新元号・令和の発表やゼレンスキーのウクライナ大統領当選。恵那が読み上げるニュースに、ドラマ内の時間は2018年だったことを再び思い出す。『フライデーボンボン』の恵那はカラフルな衣装を着ていたけれど、『ニュース8』の恵那はいつも真っ白が基本のコーディネートだ。その衣装が表現する清廉潔白さが、単なるパフォーマンスにならないよう決意していた恵那だけれど、どんどんと忙しさに押し流されていく。
「追いつけるはずのものにさえ、追いつけなくなってしまうのかもしれない」
「あるいは私もついに忙しいふりをして大事なことを忘れようとしているのだろうか」
恵那が読み上げるニュースには八頭尾山の話題は出てこなかったが、経理課のいち社員になったはずの拓朗は取材を続けていた。そして副総理・大門と、あの謎の男(瑛太)がつながる。大洋テレビを辞職した斎藤は、いよいよ才能に従って大門の元に行くのだろうか。佐々木からの問いかけへの頷きはずいぶん曖昧に見えたけれど。拓朗が送ってきた写真を見た恵那は、笹岡(池津祥子)に大門の調査を依頼する。恵那と斎藤との「相克の関係」はこれからのほうがより強くなりそうだ。
あらゆるものがごちゃまぜに積み上がったデスク、黒電話のスマホ呼び出し音、パーテーションにかかった傘と針金ハンガー。笹岡は一瞬の登場でも相変わらず人物としての密度が高く、物語とは別のところでついテンションが上がってしまう。
脚本:渡辺あや
演出:大根仁、下田彦太、二宮孝平、北野隆
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、鈴木亮平、三浦透子、三浦貴大 他
音楽:大友良英
プロデュース:佐野亜裕美、稲垣 護(クリエイティブプロデュース)
主題歌:Mirage Collective『Mirage』
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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