「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は、vol.125 回転寿司の幸せ
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.126
子育てのぬくもり

vol.126 子育てのぬくもり
「あと10分…」コーヒーチェーン店を通り過ぎながら、チラッと横目で確認した店内は空いており、目を閉じ「ん〜」と数秒迷ってからくるりと踵を返した。一度通り過ぎたコーヒーチェーンに急ぎ足で入店し、レジへ向かう。「本日のコーヒーをショートで!」と店員さんに伝え、会計を済ませ品物を待っている間、土曜日の早朝だとこんなにも駅は静かなのかと、ふと思った。店員さんから呼ばれ、現実世界に引き戻された私は会釈しながらカップを受け取り店を出た。
新幹線の時刻まで…右手に持ったスマホで時刻を確認するとあと8分。左手に持ったカップの中身が溢れないように走ろうとするけど、やっぱり無理で。なんでいつも危ない橋を渡ってしまうんだろうと、自分で自分に苦笑いしながら歩くことに全神経を集中させる。北陸新幹線乗り場を競歩の選手になった気持ちで目指しながら、昨日のお酒は残ってないなと安心した。それでも、長野に向かうまでの道中にできるだけ仕事は終わらせておきたかったし、その為にはどうしてもカフェインが必要だったのだ。私が長野行きのチケットを取ったのは2日前。31歳になった誕生日の今日、どうしても会いたい人たちがいた。
2025年は12月に入るまで心身共に目まぐるしかった。これは全て今年自分の身に起こったことなのか分からなくなるくらい、色んなことがあった。気づいたら31歳が2日後に迫っていて。人生って思っていた以上に一瞬なんだと思うことが30代に入って増えた。いつかやろうと、本当にやりたいことを先送りにしていたらダメだ、と、会いたい人たちに会いに行くことを決めたのだった。
長野で子育てをしながら暮らしている友達夫婦は、学生の時からの付き合いで、私の急な思い付きにも慣れっこ。遊びに行きたい、と伝えると二つ返事で歓迎してくれた。1時間半の乗車時間はあっという間に過ぎ、気づいたら長野駅に着いていた。ホームに降り立つと、うん、良い空気、良い天気。改札で彼女と3歳の女の子が待ってくれている。そう思うと、自然と歩みが速くなる。東京駅での小走りと全然違うなーと思っている自分が可笑しかった。エスカレーターを上り、改札の向こうで手を繋ぎ私を待ってくれている2人を見つけ、思わず大きく手を振る。かわいい笑顔が出迎え、そのまま旦那さんの運転する車で長野のあちこちに出かけた。美味しい物をたくさん食べて、子供という未知の生き物の面白さとそのパワーに圧倒され続けていたらもう日が暮れていた。
私の席の隣。チャイルドシートで眠る彼女。大人3人でたわいもないことを話す。多分車の外はびっくりするくらい寒くて、きっと息が白くなるんだろうなぁ。窓ガラスにおでこを付けるとヒヤッと冷たかった。目を閉じながら、助手席と運転席に座っている2人に話しかける。「子育てって大変だね。私は、普段こんな長時間子供といることってないから。体が小さいだけで、子供というか、当たり前に1人の人で、話していてとても興味深いね」と私が言うと、助手席に座った彼女が、同意してくれた。道中の会話で、「長野に来たから蕎麦とお団子が食べたい」と呟いた私に、その子が「お団子ってお月様だよね」と返してきたあの驚きをまた思い出していた。「子供と喧嘩したりしないの?」と彼女に尋ねると、「喧嘩とかはないけど…」と優しいけど、優しいだけじゃない声で話してくれた。
それは公共施設での折り紙のワークショップに参加したあと、ベビーカーに子供を乗せた帰り道。彼女の子供は想像の中でお家に猫を連れて帰るひとり遊びをはじめたらしく。目には見えないけどその猫をずっと抱っこしたままでベビーカーに乗っていたらしい。お母さんがその状態でベビーカーに乗っているのは危ないよ、と何度も注意したけれど、彼女は空想の猫に夢中。家に着いてベビーカーを降りる時に案の定変なコケ方をしたらしく、「ほら〜、何度も言ったでしょう」とダメ押ししても届かない。やはり大人でも苦しい気持ちが抑えきれず、やり取りする会話の中でつい「猫はいないよ」みたいなことを、本人が悲しむって分かっているのに言ってしまって。言った瞬間、案の定子供は「猫は本当にいるもん!」と泣き出し、それを見ながら自分って性格悪いな〜って思ったんだよね、と聞かせてくれた。そんな彼女を私は尊敬した。
だって、私は今日1日、たった1日一緒にいただけで、もう腰は痛かったし、ご飯も、自分のお腹が空いていても、まず子供に食べさせることから始まるし、スマホをチェックする時間もない。目と心が離せない。それを余裕そうに当たり前にしているように見えた彼女にも、そんな瞬間があるのか、と私はなんだか胸がいっぱいになった。そして世の中のお母さんやお父さんはこんな風に自分が嫌になったり、自分を責めたりしているのかと。と同時に、隣ですやすや眠る彼女が、ご飯を食べている時私のほっぺをつんと触ってきたり、自分が大好きなはずのおやつを一口あげると差し出してきた時、その大変さと比例するように胸に広がったあったかい愛を思い出した。親は子に育てられ、子は親に育てられる、という言葉が胸の奥、深いところにじんわり染み込んだ。
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家入 レオ
Leo Ieiri
1994年生まれ、福岡県出身。17歳でメジャーデビュー以降、数多くのドラマ主題歌やCMソングを担当。2024年には、自身8枚目となるオリジナルアルバム『My name』をリリースし、海外4公演を含む全16公演のツアーを開催した。2025年は、1月に「雨風空虹」(ボートレース 2025 TVCMタイアップソング)、2月に「No Control」(MBS/TBSドラマイズム『アポロの歌』エンディング主題歌)をリリース。さらに11月には、通算19枚目のシングル「Mirror」を発表。表題曲は、日本テレビ系水曜ドラマ『ESCAPE それは誘拐のはずだった』の主題歌に起用され、UNISON SQUARE GARDEN、TenTwentyのギターボーカリスト・斎藤宏介氏をフィーチャリングに迎えた、家入にとって初の男性アーティストとのコラボレーション作品としても注目を集めている。
Text_Leo Ieiri Illustration_Hagumi Morita