誰でも簡単に発信できるSNS時代に、あえてメディアをはじめる人たちがいる。情報に溢れたいま、本当に価値のあるおもしろいメディアとは? vol.2は、GINZAで「プロフェッサー栗山」の異名を持つライター栗山愛以が、気になる編集長とクロストーク。
私たちの21世紀メディア論 vol.2 世界中に向けて自らの視点で表現する『SSAW magazine』

〈SSAW magazine〉
2011年、フィンランド、ヘルシンキでスタート。ファッションやカルチャーを主に扱い、編集長はクリス・ヴィダル・テノマ。年2回発行で、2019年秋冬号は5パターンの表紙で発売した。10月19日、表紙にもなったコム デ ギャルソン・オム プリュスのストーリーを撮影したフォトグラファー、ジョーダン・ヘミングウェイ、ファッションクリエイティブディレクター、トゥオマス・ライティネンと共に来日。ドーバー ストリート マーケット ギンザでブックサイニングイベントを開催した。
栗山: 『SSAW magazine』には全体に静謐な空気が漂っているように感じます。意図してそうされているのでしょうか?
クリス: 私とファッションクリエイティブディレクター、トゥオマスの視点が表れているからではないでしょうか。私たちは大げさなヘアメイクのグラマーでセンセーショナルなファッションよりは、静かでシンプルな方が好きなんです。
栗山: フィンランドをベースとされていることにも関係しているのかな、と思ったのですが…。
クリス: 皆北欧にはミニマルでシンプル、そして静かなイメージを持っていますよね。でも、フィンランドはちょっと違うんです。クリーンなスウェーデンと、粗野で、作り込まれていないロシアの間に位置している。だから、シンプルで美しいけど、完璧ではない面を持ち合わせているんですよ。
栗山: 想像と少し違いました!フィンランドのファッションシーンはどのような感じなのでしょうか。
クリス: フィンランドは、人口約551万人の小さい国です。首都ヘルシンキも、人口は約64万人で、東京のような大都市に比べると大きな村みたいなものです。ファッションで有名なのはマリメッコといった伝統的なブランドですが、美術、デザイン、建築の分野で有名なアールト大学の周辺で新しいファッションシーンが展開されつつあります。でも実は、私はフィンランド出身ではないんです。
栗山: そうなのですか?!ではなぜフィンランドベースなのでしょうか?
クリス: 母はフィンランド出身なのですが、父がスペイン出身で、私はスペイン育ちなんです。20年くらいの付き合いになるトゥオマスがフィンランド出身で、15、6年前にフィンランドに引っ越しました。でも、たまたまフィンランドを選択しているだけなんです。もしかすると来年別の国に行くかもしれませんが、たとえそうなったとしても雑誌の見え方は変わりません。私はヘルシンキに住んでいる人だけではなく、日本、アメリカ、ヨーロッパなど、世界中の人に向けて、インターナショナルなチームで雑誌を作っています。人々は以前より雑誌を買わなくなっていることもありますから、より一層インターナショナルにする必要性があると思っています。
栗山: だからテキストは全て英語なんですね。インターネットの台頭もあり雑誌が売れなくなった、と言われていますが、やはりクリスさんもそれは感じているのですね。
クリス: 今は、かつて雑誌が提供していたような情報やエンターテインメントをほとんどインターネットで得ることができるため、雑誌は別の役割を見つけなければなりません。雑誌は、上質で美しい紙を使用し、すばらしい内容を詰め込んだ、本のような存在になるのではないでしょうか。思わずコレクションしたくなるような。
栗山: たしかに『SSAW magazine』はまるで写真集のようで、取っておきたくなります。クリスさんは好きな雑誌はあるのでしょうか。
クリス: 今の雑誌だとフランスの『double』ですが、スペインに住んでいた12、3歳の頃に熱中していたファッション誌には思い入れがありますね。母が買っていた『エル』、『ヴォーグ』、『マリ クレール』はじめ、『ヴァニティ フェア』、『インタヴューマガジン』『ローリングストーン』など。1990年代初めのインターネット普及前で、外国のことを知る唯一の媒体が雑誌だったんです。買うたびにもっと知りたくなって、ベッドの周りはいつも雑誌の山でした。私はそこでフォトグラファーやデザイナーを学んだものです。さっきも神保町のお気に入りの古本屋に行ってきたのですが、その頃の興奮が忘れられなくて、いつも当時の雑誌を探しています。
栗山: 当時とはモード界も激変しましたよね。今のモード界についてはどのように感じていらっしゃいますか?
クリス: クレイジーだと思います。全てが過剰です。デザイナー、ファッションウィーク、雑誌、全てが多すぎます。少し減らした方がよいのでは。サイクルも早くなっています。デザイナーたちは多くのコンテンツを作らなければならないので、ストレスが多いはず。大企業はそれに対応する生産体制が整っているかもしれませんが、お金や設備がない若いデザイナーたちがついていくのは簡単ではない。かつてはアイデアを表現し、理解するのに時間をかけていたのに、今は新作を見たらすぐに忘れて、すぐに次を求めます。時々思考停止に陥ってしまいます。
栗山: ぱっと見のインパクト重視で中身を伴わない「〜映え」的なものが増えてきた、ということですよね…モードに希望はないのでしょうか…。
クリス: サステナビリティや、ダイバーシティなど、重要な社会問題を理解しようとする流れにあるのはいいことだと思いますよ。
栗山: そうですね。それも「トレンド」と化していつのまにか忘れ去られてしまわないようにしなければなりません…!最後に、『SSAW magazine』の今後について教えてください。
クリス: 信頼できるファミリーのような存在のクリエイターたちと、楽しみながら、満足できる仕事をし続けていきたいです。将来に向けて壮大な計画は立てていません。毎号作るのが大変ですから、3号先までは考えられないんです。今後も雑誌の展開に合わせて、今回ドーバー ストリート マーケット ギンザで行なったようなイベントも実施できるといいですね。
栗山: クリスさんとトゥオマスさんのぶれない視点があり、信頼できるスタッフからなる「SSAW magazineファミリー」を築いているからこそ独自のカラーを出せているんですね。時間をかけて作る、ずっと取っておきたくなるようなインターナショナル誌、というのは出版不況を生き抜くヒントになりそうです。そして何よりも、その原動力にはクリスさんの雑誌愛があることに、雑誌好きとしてはうれしくなりました…。ありがとうございました!
Photo:Wakaba Noda(TRON) Text&Edit Itoi Kuriyama