写真家・野口里佳の作品には、いつもハッとさせられる。日常の延長のようなシーンなのに、どうにも目が留まる。それは、たまたま目にした風景から、空とか星とか宇宙とか、なんだかすごく大きなことに思いをめぐらせてしまう瞬間に近いように思う。とても身近なところから、ぐんと遠いところにいきなり飛んでしまう感覚は、軽やかで、楽しい。そんな野口の視線は「異邦人の眼」とも評される。
野口里佳の個展『海底』が、9月9日から東京・六本木のタカ・イシイギャラリー東京で開催されている。1996年「写真新世紀」でグランプリ受賞、以来国内外で高い評価を得る写真家として活動する野口。12年にわたって滞在したドイツ・ベルリンを離れ、今年から拠点を沖縄に移したという。
今回展示されるのは、その沖縄の海で撮影された新作12点。写真新世紀を受賞した作品「潜る人」(1995 年)、「星の色」(2004 年)に続く水中写真のシリーズだ。
海底を、ダイバーが周囲をライトで照らしながら歩く。海底には、太陽の光も届かないし、重力も効かない。暗闇の中、ふわりとしたダイバーの歩みや、光の環となって輝くライトが不思議な光景を作り出している。それは宇宙の様子にも見えるし、トワイライトゾーンのような異次元世界にも見える。

野口里佳《海底 #2》2017年 Cプリント ©Noguchi Rika / Courtesy of Taka Ishii Gallery
これまでも野口は、遠い空飛ぶロケットの小さな姿を写した写真(「HⅡA・F4」(2002 年))や、バスから見えるベルリンの夜景を星や銀河が輝く宇宙空間かのように撮った『夜の星へ』(2016年)など、誰にも身近な光景を遥か彼方の異空間に見せてしまう写真を多く発表してきた。思いもよらなかった方向から光があてられて、当たり前の日常は異なる姿を見せる。だからか、彼女の写真を見ると自分のいる世界がちょっと好きになる。

野口里佳 「海底」 展示風景 Courtesy of Taka Ishii Gallery Tokyo / Photo: Kenji Takahashi
野口は、初期の『潜る人』シリーズを「月面に行こうとした作品」と語る。その話を聞くと、それに続く今回の『海底』のダイバーが、月面を歩く人のように見えてくる。
そろそろ秋の気配が近づいてきた今日この頃。お月見の季節にこそ、彼女の目に映るもうひとつの月面(=海底)に思いを馳せてみるのもいいかもしれない。

野口里佳 「海底」 展示風景 Courtesy of Taka Ishii Gallery Tokyo / Photo: Kenji Takahashi
野口里佳(のぐち・りか)
1971 年大宮市(現さいたま市)生まれ。1994 年に日本大学芸術学部写真学科を卒業、12 年間のベルリン滞在を経て現在沖縄を拠点に活動。主な個展に、「光は未来に届く」IZU PHOTO MUSEUM(静岡、2011年)、「太陽」モンギン・アートセンター(ソウル、2007 年)、「星の色」DAAD ギャラリー(ベルリン、2006年)、「彼等 野口里佳」アイコンギャラリー(バーミンガム、2004 年)、「飛ぶ夢を見た 野口里佳」原美術館(東京、2004 年)など。9月15日には写真集『創造の記録』を刊行。初期の作品に未発表の写真2点を加えて収録する、初の全編モノクロ写真集となる。
野口里佳 「海底」
会期: 2017 年9 月9 日(土)- 10 月7 日(土)
会場: タカ・イシイギャラリー 東京
時間:11:00~19:00
休廊日:日、月曜、祝日
入場無料
URL:http://www.takaishiigallery.com/jp/archives/17059/
野口里佳 x 平野啓一郎 トークイベント
代官山フォトフェア Talk Session
日時:9 月30 日(土)14:00 – 15:30 / 会場:代官山ヒルサイドフォーラム Exhibition Room
参加費:500 円 / 定員40 名 / お申し込み:当日先着順