霧を人工的に生成し、それによって空間をがらりと変えてしまう。自分自身が包まれ、先が見通せなくなり、身体に水滴はつくが、つかむこともできないこの不思議な彫刻を、中谷は世界各地でつくり続けている。
最初に人工霧の彫刻を発表したのは70年の大阪万博ペプシ館。人工的に作り出すのが難しいといわれる霧を再現した。アート&テクノロジーの最初期である。それから約半世紀。芸術と科学の融合は、VR、AIなどITが爆発的に進化した現在も時代の最先端をいく。けれど、人工的な擬似体験に人々が熱狂するなか、中谷の思いはその逆をいく。「いま、切実に問われているのは、人間と自然との間の信頼関係ではないかと思う。(中略)宇宙服に身を固めて異常空間へと飛翔しなくても、日常の自然の中で、しかもナマ身でその気持ちを体験できたなら、その方がはるかにスマートでエコロジカルに違いない」(中谷芙二子「応答する風景 霧の彫刻」より)。最先端の技術は刺激的だし、何より楽しい。でも、その手軽さは人と自然の乖離を生む。何なら、この皮膚感覚とアタマもバラバラにしていく。だから、この言葉は今の私たちにぐさりと刺さる。
自然への思いは、中谷の父親である宇吉郎の影響も大きいだろう。雪の研究者として世界で初めて人工雪の製作に成功した彼の著書『雪』は、淡々と雪の結晶を観察・研究した内容を綴っている中に、自然現象や理系のロマンがあふれる名随筆だ。その姿勢は娘にも受け継がれている。
中谷の霧は、ひたひたと柔らかく人々を包む。霧の中にいると、雨や雪、太陽といった当たり前の自然が再確認できる。そう、これは柔らかくも鋭い〝気づき〟の装置なのだ。
[ロンドン・フォグ]霧パフォーマンス, #03779, 2017(参考図版) BMW Tate Live Exhibition: Ten Days Six Nights(テート・モダン/ロンドン)展示風景より コラボレーション:田中泯(ダンス)、高谷史郎(照明)、坂本龍一(音楽) 撮影:越田乃梨子