スタイリスト谷崎彩さんが愛するファッションの話。
〈ウィーナー タイムス〉のデザイナーが語る、ウィーンの歴史と文化と自身のクリエイティブ – スタイリスト谷崎彩の超私的ファッション愛 #18

「えっ!何これ?」巨大な手のひら型クッション(ジャイアントハンドボルスター)に直面したときのことでした。「ウィリアム・モリスのデザインした布地がパッチワークされててめちゃくちゃ可愛いんですけど‼︎ でも…で、でかすぎる…。仕入れとなると送料と税金が怖いわぁ」
最初に見たのは2017年くらいかな?パリ・ファッションウィーク中にオーストリアデザイナーの作品を集めたショールームでのことでした。どうやら〈ウィーナー タイムス(WIENER TIMES)〉というデザイン・デュオのものらしい。その場はそれで終わったのですが、数日後、偶然にも友人のホームパーティーでデザイナーのヨハネス(Johanees Schweiger)とスザンヌ(Susanne Schneider)に会うことに。
聞けば、かつてヨハネスは〈ファブリックス・インターシーズン〉というファッションレーベルをやっていて、(90年代後半から2000年初頭にはファッション、アート、ミュージック、アーキテクチャなんかをクロスオーバーしたインディペンデント・レーベルがたくさん存在したのです)そこで何度もコラボレーションしてきたスザンヌと2016年に立ち上げたのが〈ウィーナー タイムス〉なんだとか。
友人を通しての出会いは良い出会い。きっと何か通じるものがあるはず…。それからちょっとだけ時間がかかってしまいましたが(だってジャイアントハンドボルスターはジャケット1着分のお値段!)2020年、ついに、ようこそ我が家へ!(正確には自分の店だけど)
家で過ごす時間が多い今、GINZA読者のみなさんにぜひ〈ウィーナー タイムス〉の魅力を知ってほしくて、デザイナーのヨハネスにオンラインインタビューしました。
これはアート?それともインテリア?
ヨハネス(以下J):〈ウィーナー タイムス〉の商品は、通常の枕やクッションの形をしていないからソフトスカルプチャー、つまりアートピースのひとつと思われがちだけど、日常に使用するものだと考えているよ。
谷崎彩(以下A):ちょっぴり刺激的なデザインの服と同じ考え方ね。
J:アート、ファッション、テキスタイルデザインを学んだ後、仕事を続けて行き着いたのは布地への深いこだわりだったんだ。
A : 料理と同じで素材ありきね。服好きも行き着くとこはやっぱり、その材料(=布地)になるものね。
J:そう、布はインテリアにとっても主要なパーツ。それにカーペット、カーテン、クッション、テーブルクロスなどは手軽に模様替えできる空間演出に最適なアイテムだと思うんだ。自宅などのプライベートな空間は、私たちの気分を反映する大切な場所であり、COVID−19禍の現在、特に空間の自己最適化が重要になってきていると思う。
A:戸棚やテーブルを買い替えたり、動かしたりするのは大仕事だけど、布物だとその点、手軽にできていいよね。ハンドボルスターを部屋に置いておくだけで「私の部屋、なんか楽しいぞ」ってね。
J:もちろん使用する布地には強いこだわりがあって、一部の作品には、バックハウゼン社製(1849年創業のオーストリアの布地メーカー)のコツコツ集めたヨーゼフ・ホフマン(ウィーン工房創立者、建築家、デザイナー)やダゴベルト・ペッヒェ(ウィーン工房アートディレクター、テキスタイルデザイナー)のヴィンテージを使用している。それに、同じくバックハウゼン社のウィリアム・モリス(詩人、デザイナー、アーツ・アンド・クラフツ運動主宰)がデザインした布地をパッチワークして使っているんだ。他にもラフ・シモンズがテキスタイルデザインを手がけているクヴァドラ社(デンマーク)や最高級のリネン布地を扱うデザインオブザタイム社(ベルギー)といったメーカーの物を使用しているよ。
ウィーンの歴史から学ぶこと
A:ところで、ブランド名の由来は? “ウィーン時事通信”的な意味?
J:そう。ウィーンは豊かな文化的歴史を持つ街であり、デザイン、建築、美術、文学、映画、演劇、音楽、ファッションなど、あらゆる分野でクリエイティブなコミュニティが今もあって、この場所から多くのインスピレーションを得ているから。もちろん「ウィーン工房」からの影響もあるよ。背景としては第一次世界大戦、スペイン風邪の流行、世界恐慌と激動の時代。
A:イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動の流れをくんで、ウィーンで設立された会社ね。そんな時代だからこそ“美しい物”が心の拠り所になっていったのがよくわかる。今の社会がまさにそうかも…。
J:「ウィーン工房」とアーツ・アンド・クラフツ運動はどちらも、建築や家具、器、ジュエリー、布地、ファッションに至るまで、生活すべてを芸術化するという理念を描いていて、多くの芸術家が「ウィーン工房」からの依頼を受けてデザインをしていたんだ。
A:クリムトもそうよね?グスタフ・クリムトがデザインしたドレスを恋人のエミーリエ・フレーゲが着た写真を見たことがあるよ。「ウィーン工房」のカタログを見ていると、きれいなものがいっぱいでワクワクするもの。
J:でも、凝った手工芸品、ましてや建築物などは富裕層しか購入できない値段だったから。これが「ウィーン工房」とアーツ・アンド・クラフツ運動がどちらも長く存在できず、失敗する運命にあった理由でもある。もちろん、良い品を作るための職人の技術が高価であることは仕方がないことだとも言えるし、でもだからといって安価にするための工業化、大量生産が最も優れた方法だとは思わないけれど。
A:「ウィーン工房」、モード部門だけは採算がとれていたのよね…。
J:だから、購入するのに金額的にもスペース的にもハードルの高い建築デザインや家具ではなく、布地を使った小物…。いわば、ファッションとインテリア、アートの垣根を超えて、ちょっと頑張れば手に入れることができて、しかも日常に使っていると楽しく豊かな気分になれる、そういうコンセプトを模索しながら活動しているんだ。
僕たち〈ウィーナー タイムス〉は「ウィーン工房」のユートピア的な幻想には興味ないけれど、歴史支配的なデザインの潮流をうち破った、自由で創造的な挑戦の精神には大いに感銘を受けた。それに当時、まだまだ男性中心であった他国のデザイン集団には見られない特徴として、女性デザイナーの活躍が「ウィーン工房」にはあったんだ。マリア・リカルツやマティルデ・フレーグル、フェリーツェ・リックス(上野リチ)、ファリー・ヴィーゼルティアのデザインとスケッチからはユーモアのセンスにあふれたヘルシーで実質的なアプローチが見受けられ、多くの影響を受けているよ。
A:状況が落ち着いたら、当時の彼女たちが手がけたモード部門のポスターやドローイングが島根の石見美術館に収蔵されているから見に行きたいと思っていたの。
J:フェリーツェ・リックスの作品は京都国立近代美術館にも多数収蔵されてるよね。ホフマンの建築事務所に勤務していた旦那さん(上野伊三郎)と京都に移り住んだから。ぜひ僕も日本へ見に行きたいな。
A:それに、久しぶりにウィーンにも行きたい!物作りはやはり、住んでいる環境に影響されるから。
J:暮らしやすくて良い所だよ。美味しいケーキとコーヒハウス、泳ぐのに最適な川、きれいな公園。何より歴史が紡いできた素晴らしい文化と芸術をこの街では見ることができるから。
さっきの話に戻るけど〈ウィーナー タイムス〉の「タイムス」という言葉には、物事が毎日変化することに対して、問題が短絡的に議論されて終わりなんじゃなく、過去からの積み重ねがあっての現在、そして未来へと「タイムス」も変化しながら続いていくという考え方なんだ。デザイナーはそんな時代の空気を読み取って、変化に対応して自分なりの考えを発信していかなければいけないと思ってるよ。
ヨハネスがおすすめ!ウィーンの魅力