「爆クラ」こと「爆音クラシック」を主宰し、DJ/プロデューサーのジェフ・ミルズによる交響曲コンサートを日本で成功させるなど、ジャンル間を自由に行き来しながらクラシック音楽の新しい聴き方を提案している湯山玲子さん。12月19日(日)に岐阜県高山市で開催される「爆クラプレゼンツ ツバメ・ノヴェレッテ」では、コトリンゴのアルバム『ツバメ・ノヴェレッテ』のオーケストラアレンジ、生オケの音響、世界的バレエダンサー・首藤康之の舞踊などを融合させ、これまでにない交響曲を創るという。なぜコトリンゴと? なぜダンスも? なぜ高山で? 前代未聞の試みを仕掛けたプロデューサーの湯山さんに聞いた。
“カルチャーモンスター”湯山玲子がプロデュース! ポップス作曲家・コトリンゴ × バレエダンサー・首藤康之 × 生オケによるNEWクラシックの愉しみ方

ポップスのアーティストに
交響曲をつくってもらう
「ポップス畑には、プッチーニ並みのビビッドなメロディメイカーが少なからず存在しますが、そんな才能たちが生のオーケストラという音響装置を使って曲をつくったら、どんな世界が生まれるだろうと思っていたんです。ご存じの通り、クラシックの作曲家といえば男性ばっかり、女性はクララ・シューマンくらいしかいなかったわけですが、現代音楽の分野ではウンスク・チンやカイヤ・サーリアホなど女性の作曲家の活躍が目立っている。そこで今回はぜひコトリンゴさんにやってほしいと思ったわけです」
2016年に行われた「爆クラ! presents ジェフ・ミルズ×東京フィルハーモニー交響楽団」
様々なゲストを招いたクラシック音楽のトーク&リスニングイベント「爆音クラシック」、トンネルや工業地帯など非劇場空間にクラシック音楽を放つ「爆クラアースダイバー」に続く新機軸の第一弾として今回コトリンゴにオファーした理由を、湯山さんはそう語る。映画『この世界の片隅に』(2016)で数々の音楽賞を受賞したコトリンゴとの出会いは、2013年リリースの彼女のアルバム『ツバメ・ノヴェレッテ』。ジャケットや「ノヴェレッテ(短編小説という意味)」というタイトルに惹かれ聴いてみたところ、1曲目の「Preamble (プレアンブル)」で「やられた」という。
「チャイコフスキーの『くるみ割り人形』だったり、もっと言っちゃうとプロコフィエフの響きが好きな人は、きっとコトリンゴさんの今回の交響詩が気に入るはず。かわいらしくてちょっとダークでファンタジック。呪術的な雰囲気もあってカラフル。こうなったら、是非、GUCCIのアレッサンドロ・ミケーレのランウェイで流してもらいたいですよ」
外から見ることで
クラシックを再発見する
クラシック畑で活躍する両親のもとに生まれながら、多くのポップスを聴き、ロックやソウル、テクノにも精通し、“カルチャーモンスター”とも称される湯山さんは、クラシック以外の分野でクラシックの可能性を見いだすことが多いという。「クラシックに片足を突っ込んでいる」彼女だからこそ再発見できたコトリンゴの才能。その音楽には「民話のような物語性やユーラシア大陸的な響き」があり、コトリンゴ自身もセルゲイ・プロコフィエフやドミートリイ・ショスタコーヴィチといったロシアの作曲家が好きだと語っている。
「コトリンゴさんは音楽的教養が非常にあって、コトリンゴ節ともいえるメロディーを作れる。つまり音の配置がうまい。オーケストラの音響の組み合わせっていうのは幾通りもあって、そのなかで彼女はただの伴奏にならない組み立て方ができて、それを面白がれる人ですね」
バークリー音楽大学卒で、坂本龍一にオーケストレーションの薫陶を受けたというコトリンゴは2013年リリースのアルバム『ツバメ・ノヴェレッテ』でコンピューターの打ち込み音によって壮大かつ繊細な世界を描いていたが、それを是非とも生のオーケストラで!ということに。かくしてコトリンゴによるオーケストラ用のアレンジが始まった。今回コトリンゴは意識的に言葉を抜き、メロディはオーボエなどに任せて本人は朗読、という試みも行う。
白いツバメ(♂)を
歌とダンスで表現した舞踊劇
『ツバメ・ノヴェレッテ』は、全編を通して白いツバメが主人公になっている。白いツバメは男性とのことで、楽器としての男性の声、そして男性ダンサーのソロを入れたらおもしろいはずというアイデアから、オペラユニットのTHE LEGEND(志村糧一/吉田知明/菅原浩史)、そしてバレエダンサーの首藤康之に出演オファーをした。首藤はモーリス・ベジャールなど一流の振付家からの熱いオファーを受けるバレエダンサーでありながら、映画、演劇から歌舞伎まで、ジャンルを越えた活動を続けている。
「首藤さんは以前バレエ団の公演で見て、すばらしいダンサーとは思っていたんですが、爆クラで話してみたらすごい音楽オタクで。音楽から受けたインスピレーションを自分のなかで熟成させて体の動きで表現するということに長けている人。もともとバレエって音楽ありきのものなんですよ。古代ギリシャの音楽とダンスが近いところにあって、それらを不可分なものとして継承しているのが西洋のバレエ。その意味がよくわかる公演になると思います」
演奏を担当するのは、オーケストラ・アンサンブル金沢。地方のオーケストラのなかでも、ビロードのような弦楽合奏の質感に定評があり、ポップス畑のコトリンゴがスコアを書くという今回の試みにじっくり付き合ってくれているという。
地方発信のオリジナルコンテンツを
さて、なぜ今回の公演は高山で開催されるのか。聞けば、高山は古くから人口に対して音楽家を多く輩出している“音楽の街”なのだそう。
「実は私の母は高山出身で、音楽教育に熱心な先生の勧めで国立音楽大学附属高校に編入し、大学では作曲を学び、合唱団を主宰して、故郷の高山と活発に交流していました。そして、作曲家である父・湯山昭にも高山にまつわる作品がある。そういった縁から今年2月に父のクラシック曲を集めたコンサートをやってみたところ好評でした。いずれにしても小京都と呼ばれる高山は、文化に対する熱量が非常に高いと思います」
「地方発信の時代」といわれるようになって久しいが、地方が大都市の受け皿になるのではなく、地方文化に支えられた力あるオリジナル・コンテンツとして、クラシック音楽の新しい沃野に一石を投じることも、今回の意義のひとつだという。
公演とあわせて高山観光も
高山といえば、古く美しい町並み(伝統的建造物群保存地区)で知られているが、今もその姿が残っているのは先人のおかげなのだそう。70年代の高度経済成長期には全国的に再開発やビル建築が進み、その波は高山にも押し寄せたが、人々は観光産業の発展を見越し、上一之町などのエリアを不可侵の文化財にして守り抜いた。
「ヒッピー世代の人が開いた漆喰の工房があったり、あと地方のラーメンブームの先駆けといわれる高山ラーメン『まさごそば』も当時はモダン建築で、父と行きましたね。ご飯もおいしいし、日本酒もいいですよ、蔵がいっぱいあって。散策だけでもこんなにおもしろい街はなかなかない」
高山はスピリチュアルエリアともいわれ、位山(くらいやま)というピラミッド型の霊山がある。日枝神社や飛騨一宮水無神社など霊験あらたかな神社や平成元年に湧き出たという温泉もあり、パワースポット巡りにも良さそうだ。ほかには、司馬遼太郎のエッセイにも登場する、築200年を超える高山市有形文化財「料亭 洲さき」での食事や、新鮮な野菜や民芸品が並ぶ「宮川朝市」も気になるところ。早めに高山に着いて街の散策を楽しみ、公演の後は高山グルメと日本酒に舌鼓を打つ、なんていうプランもおすすめ。新鮮な音楽体験に、この一年の疲れも吹き飛ぶはず。
爆クラプレゼンツ
「ツバメ・ノヴェレッテ ~コトリンゴ × 首藤康之 × オーケストラ・アンサンブル金沢で送る、新時代のダンス交響詩~」
日時: 2021年12月19日(日) 15:00開演 (14:15開場)
会場: 飛騨高山文化会館大ホール 岐阜県高山市昭和町1丁目188-1
出演: コトリンゴ、首藤康之 THE LEGEND(志村糧一/吉田知明/菅原浩史) オーケストラ・アンサンブル金沢(指揮:鈴木織衛) 湯山玲子
入場料: 一般 3,000円/メセナメイト会員 2,500円/ジュニア(18歳以下)500円
※いずれも全席指定・税込
※ライブストリーミングもあり