得体の知れない他人ほど、怖いものはないかもしれない。黒沢清監督の最新作『クリーピー 偽りの隣人』では、普通の暮らしが知らないうちに、他人の手により悪夢に一変してしまう。
「黒沢さんの映画って、悪人もからっと明るいんですよね。その人のモラルでは〝正しいこと〟になっているので、平然と罪を犯す。見ていると、実はそっちの方が正しんじゃないかと思えてきてしまうくらいに。日常生活で蓋をしている欺瞞みたいなものがどんどん暴かれてしまうんです」
と主演の西島秀俊さん。
黒沢組は楽しくて仕方がない。
西島さんが黒沢作品に初めて出演したのは、1999年の『ニンゲン合格』。その後、『蟲たちの家』(05)、『LOFT ロフト』(05)についで今回で4度目。11年ぶりの黒沢監督の現場はいかがでしたか?
「黒沢組は変わらず楽しかったです。作品のイメージと違って、撮影現場は明るくて楽しいんです。黒沢さんの演出はいつも想像を超えていますし、それに刺激されてスタッフからクリエイティブなアイディアが溢れて、驚きと工夫に満ちている。ストレスはないし、疲れて泥のように眠るということもないし、すごく健康的」
黒沢監督の演出は「催眠にかけられているようだ」と以前おっしゃっていましたね。
「たとえば、段取りの多い長回しのシーンって、普通なら異様な緊張感に包まれるんです。今回も川口春菜さん演じる早紀を問い詰めるシーンで、僕が室内を歩きながら延々しゃべり続けるというのがあった。かなり長いそのシーンを1カットに近い形で撮ったんですね。その間も照明が一瞬暗くなるとか、窓の外にいるエキストラの数が増えたり減ったり。スタッフの段取りは相当大変なはずなんですけど、不思議とみんなあたりまえのようにできてしまうんです。気を張り詰めながら頑張って作り上げる、というのではなく、ふわっと連れて行かれる感じ? だから、出来上がった作品を見て『こんなことになっていたんだ!』と驚きます(笑)」
それは監督のお人柄によるものなんでしょうか?
「それは大きいと思いますね。話し方は穏やかだし、ユーモアもあって、哲学者みたいなところも。どうやってああいう空気を作っているのかはわからないんですが、黒沢さん自身が、『クリーピー〜』に出てくる人みたい……」
底知れず、怪しい……?
「いや、怪しくはないですよ!全然。そんなこと言ったら、僕、怒られます(笑)。知らず知らず、みんなを巻き込んでいく力があるところなんかが、いい人だけれど、底知れなさがあるというか。やっぱりカリスマです」
11年ぶりということで、その間の他の仕事での成長の成果を試されるような感覚はあったんですか?
「黒沢さんはおそろしく頭のいい方なので、取り繕ったところで全部見透かされる。だから、試されるとかそういう感覚はなかったですね(笑)。ただ、28歳の時に初めてご一緒させていただいて、そこで、映画のある到達点みたいなものを見せていただきました。ある方に聞いたのですが、黒沢さんは、学生時代に自主映画を撮っている頃から、みんなの基準点だったそうなんです。黒沢さんはブレないので、映画業界の状況がどれだけ変化しても、変わらず同じペースで黒沢さんの映画を撮り続けている。そんな方にまた呼んでいただけたというのは嬉しいですね。実は今回、香川(照之)さんがすごく喜んでくださったんです」
香川さんとは、「ダブルフェイス」、「MOZU」シリーズ、「流星ワゴン」と立て続けに共演なさっています。
「はい。そんな中でも黒沢さんの作品でご一緒できたというのは格別で。というのも、香川さんも僕もほぼ同時期に初めて黒沢さんとお仕事させてもらったんです。香川さんが『蛇の道』(98年)で、僕が『ニンゲン合格』(99年)。二人とも黒沢組に衝撃を受けたんですよね。それから17,18年経って、ようやく黒沢作品での共演が叶ったというので、香川さんは現場で何度も『感慨深い』とおっしゃっていました。僕も同じ気持ちです」