2007年に公開され、現在も多くの人を惹きつける、新海誠監督のアニメーション映画『秒速5センチメートル』。その実写映画の監督を務めたのが、奥山由之だ。新海誠が33歳のときに紡いだ物語を、33歳の奥山が撮ることになった。その偶然と運命に導かれながら、丁寧に、実直につくった一本が完成。同作誕生の経緯から、新海への敬愛、映像に込められた創意工夫について聞いた。#奥山由之と映画『秒速5センチメートル』の世界
監督・奥山由之の心が灯された素晴らしいチームの才覚と念
映画『秒速5センチメートル』の世界

いまの自分だからこそ描ける
主人公が抱く焦燥感や不安
一面に降り積もった真っ白な雪の中で、枝を伸ばす桜の木。風に舞う満開の桜の花びら。キラキラ光る水面が眩しい、夏の種子島。2024年の夏にクランクインした今作は、秋、冬、春と四季の移ろいをオールロケで捉えた美しい映像が、物語へと誘う。そして、観終わった後は、そっと背中に手を添えられた気持ちになる。国民的アニメーション作家の原点とも言える作品を実写化するきっかけとは?
「プロデューサーの玉井宏昌さんからご連絡をいただいたのが始まりでした。もともと玉井さんとは面識があり、僕の監督デビュー作『アット・ザ・ベンチ』の第1編が完成した時に、観ていただこうと思ってお送りしたんです。そうしたら、その感想と共に、『新海誠監督って、好きですか?』とLINEをいただいて。プロデューサーからそんな質問が来るというのは、なにか人生を左右しそうな直感がありました(笑)。『すずめの戸締まり、好きです』と返信したら、企画書と原作の小説が届いたんです」
プロデューサーの玉井は、新海誠作品の制作・配給を行う会社の公式サイトにある問い合わせフォームから実写化を打診。その正攻法とシナリオが評価され、映像化が実現。奥山も学生時代に原作を観ていたが、今回、10数年ぶりに観返すと、感じ方が違ったという。
「大人になった主人公の貴樹(松村北斗)と同じような年齢に差し掛かって観てみると、30歳前後特有の不安や焦燥感、明確な理由を持たない不全感がこんなに凝縮されていたことに、あらためて気づきました。学生の頃は実生活でもその感覚を知らなかったので、当時の新海さんがきっと感じていらっしゃったことが、いまの僕自身なら理解できる気がして。あと、新海さんもデビューから10数年しか経っていないある種の初々しさというか、僕も商業的な大型映画は1作目なので、当時の新海さんと心持ちの所在地が近かった。だからいまの自分じゃないと描けないものが込められると思い、これは僕が作らなくてはと」
実写化にあたり、貴樹が抱いている焦燥感や不安を自分に重ね、彼の心に寄り添って描き切ることを重視した。
「貴樹の内面を掘り下げていき、すごく個人的なことを繊細に描くがゆえに普遍につながるような、ミクロとマクロが並列する感覚を意識しました。劇中に登場するボイジャーやゴールデンレコードなどは、宇宙で起きている出来事と、一個人のパーソナルな出来事を同軸に紐づける新海さんの特徴を踏襲して。あとは、原風景というか、私小説的な題材を描くにあたり、大作の仕事みたいな心持ちで参加するのではなく、それぞれ大切に抱いている強い思いや、忘れられない情景を各部署の人たちに持ち寄ってもらいました。そうしないと、原作のいい意味での狭さと、いまこの座組で商業作品として成立させる普遍性の混在は実現できないんじゃないかなと思い、すごく大切にしましたね」
新海誠作品といえば、リアルに描写された実在する場所が魅力の一つだ。原作の『秒速5センチメートル』でも、主人公の少ないモノローグを補完するように、新宿の街の風景などが効果的に挿入されている。
「単純なファンタジーではなく、新宿も、種子島も、実在する場所を『秒速5センチメートル』では描いているので、今作はできる限り新海さんと同じ画角で捉えるように心がけました。絵を描くのは体力的にも精神的にもとんでもない労力だと思うし、その画角であることの意味を考え、極力映像でも同様に」
奥山自身も写真や映像作品を手掛ける際、入念なロケハンを行うことで知られる。今回は原作と同じ場所で撮影するため、ロケハンに膨大な時間が費やされた。
「僕ももちろん頑張りましたけど、制作プロダクションの方々が原作をくまなく観て、1カ所ずつ探して、同じポジションで全部写真に収めてきてくれました。電車のシーンもあるのですが、鉄道担当の方はもともと鉄道に詳しくなかったのですが、パッと見たたけで『これ何系ですね』ってわかるようになっていて(笑)。あと、原作ファンの方々が聖地巡礼されるので、種子島では実際に観光スポットになっている。それでも見つけられていない場所ってあるんですよ。例えば、高校生の貴樹と彼に思いを寄せる花苗(森七菜)が紙飛行機を飛ばす土手は、どこを調べてもわからなくて、ラインプロデューサーの小林さんが描かれた稜線を探しに種子島を走り回って見つけてくれました。本当にスタッフの努力で成り立っています。今回、チームでものを作るとはこういうことなんだと実感しましたね。映画というチームの創作でないと出せないパワーというか、各部署のプロフェッショナリズムを毎日目の当たりにしました」

Photo_Mikiya Takimoto Text_Mika Koyanagi
