父とその友人、17歳の少女サム。三日間の山登りキャンプで交わされるのは、ほとんどが大人の男たちの言葉だ。しかし、沈黙のなかで状況を読み取り、感情を引き受けているのは常にサムだった。映画『グッドワン』(1月16日公開)は、少女が無意識に担わされるケアと成長を、言葉の裏にある声として描き出す。長編監督デビュー作にして、カンヌ国際映画祭カメラドールにノミネートされ、映画批評サイトRotten Tomatoesでは批評家98%というスコアを獲得した、インディア・ドナルドソン。彼女が、サムのまなざしと沈黙に託したものについて語る。
映画『グッドワン』の監督インディア・ドナルドソンにインタビュー
「いい子」と呼ばれる少女の、言葉にできない感情に触れる

──主人公である17歳のサムが、ケアを引き受ける役柄として、常に周囲に気を配っていますよね。彼女がどれだけきちんと見えていて、大人である父親クリスやその友人マットがどれだけ見えていないのか、その対比が面白く、サムの観察と沈黙という抵抗の表現がとてもリアルで、ユーモラスでもありました。
そうですね。観ている人に、サムの感じているものへの扉を開きたいと思っていました。この物語を、言葉の裏側にある本音、サブテキストの中に存在させたかったんです。この映画にセリフはたくさん出てきますが、ほとんどは男性たちが話すものなので、それを聞いているサムの思考へアクセスさせたかった。彼女は、少ししか話さないけれど、とても多くのことを感じ、考え、強い意見を持っている。だから、言葉にしなくてもそれを感じてほしいと思っていました。
──サムの人物像には、パンデミック中に妹さんや弟さんたちと過ごした時間が大きく影響しているそうですね。世代の違う彼らと暮らすなかで、どんな感覚や発見が、この物語につながっていったのでしょうか?
自分の記憶と、妹の存在がとても大きかったですね。脚本を書いていた頃、妹は16歳か17歳で、私とは20歳も年が離れています。異母きょうだいですが、パンデミックをきっかけに、一緒に暮らすことになり、さらに距離が縮まりました。妹や弟がティーンエイジャーとして過ごす瞬間に立ち会えたのは、本当に貴重な経験でした。多くを学びましたし、あの時期の不安を乗り越えられたのは彼らのおかげだとも思っています。あの時間がなければ、この脚本は書いていなかったと思います。彼女たちとの近さを通じて、10代だった頃の自分を振り返ることができ、2000年代のティーンも2020年代のティーンも、実はそれほど違わないのだと気づいたんです。私たちの経験は、思っていた以上に似ていました。
──同じ父を持つ子としての経験がありますもんね。
そう。パンデミックの大変な時期でさえ、よく笑っていました。世代を超えて多くのものを共有できた瞬間だったと思います。そこで、妹が気づいたんです。それぞれずっと全然違う人生を送ってきたと思っていたのに、私たちの経験が思っていたより似ているということに。それがすごく嬉しかったんですよね。とても孤立していた時期に、共有できる経験を持つ誰かと過ごせたことは、私にとって大きな意味がありました。
──本作が映画初主演となるリリー・コリアスを紹介してくれたのも、妹さんだったとか。どのような経緯だったんですか?
二人は同じ学校に通っていたんです。キャスティングでオーディションテープをたくさん見ていましたが、なかなかサム役が見つからなくて。ある日、妹と散歩していたときに、半分冗談で、「俳優の知り合いはいない?」と聞いたんです。妹に出演してもらえないかとも聞いたと思います。そうしたら、たまたま前の晩、彼女がリリーとパーティーで会っていて。顔見知り程度でしたが、本当にラッキーな偶然でした。
──「彼女こそサムだ」と感じさせるものがあったのでしょうか?
オーディションの前にお茶をしたんですが、サムというキャラクターを演じる人と向かい合っているという、圧倒的な感覚がありました。リリーの性格はサムとは全く違うけれど、とても賢く、彼女らしく地に足がついた人。すでに期待はありましたが、オーディションは必要で、実際に演じてもらったら、映画で彼女が見せる複雑さのすべてが、オーディションの時点で既に完成したものとしてあったんです。本当に驚きました。
──10代のサムと中年男性たちとのダイナミクスが、静かに複雑な三角関係を構築していきますよね。なぜあの構造が重要だったのか、そして世代間のパワーバランスをどう描きたかったのかが気になります。
私は物語において、常に三角関係に惹かれてきました。一対一の関係とは違う、異なるダイナミクスが互いに影響し合うので。二人の男性、クリスとマットの関係性は、クリスの若い娘であるサムの存在によって変わります。父娘のダイナミクスも、旧友マットの存在によって変わる。そして、サムが自ら選んだわけではない、父親の友人マットとのちょっと奇妙な関係性もある。この三角関係の複雑さと第三のキャラクターの存在が、父娘のダイナミクスをこれまで見たことのない形で探求できるのではないかと感じたんです。
──脚本は、キャラクターの過去や思考や行動のパターン、不安を探求しながら書くそうですね。
何かを書き始めるときは、映画でそれが明かされるかどうかに関わらず、キャラクターが誰でどんな過去の経験を持っているかについて、完全なアイデアを持つことを心がけます。そして、その役を演じる俳優が、彼ら自身のアイデアや経験を持ち込んでくれる。それがキャラクターを根本的に変えますが、私が書いた基礎のようなものがあれば、その一部は表面化し、一部はそこに留まることができるので。
──父親クリスと旧友のマットという登場人物には、それぞれにどんな不安が隠れていたと思いますか?
サムの父親クリスは、コントロールできないことに対してとても苦しんでいる。自分のプロセスや世界観について非常に厳格で、具体的な考えを持っているからこそ、周囲で起きていることに耳を傾けたり、適応することが難しくなっています。マットは過去に囚われていて、25歳の頃の自分でなくなること、老いを恐れている。今の自分を受け入れられないんですよね。
──森に若い青年集団が現れたとたん、男性陣のダイナミクスがまた変わるのも面白かったです。ご自身もサムのように、10代の頃は周囲との調和を保とうとしていたそうですが、当時は、どのような葛藤がありましたか?
20代前半までは、仕事でもパーソナルな関係においても、自分のために声を上げたり主張したりすることが難しくて。衝突することが苦手だったんですよね。でも、ときにはそうすることがより大きな調和をもたらすこともあると知った。でも、その不快さに慣れるまでに時間がかかりました。
──本当にそうですよね。あなたは、映画『リクルート』(03)や『バンク・ジョブ』(08)を手がけた映画監督でプロデューサーでもあるロジャー・ドナルドソンが父親という、映画制作に近い環境で育っていますよね。それが、ストーリーテリングに対するあなた自身の考えに、どう影響したと思いますか?
とても実践的な意味で、フィルムメイキングが仕事であり、自分にもできることだということを教わりました。そうでなければ、もっと謎めいたものとして捉えていたと思います。昔から映画を観ることは大好きでしたが、その裏にある技術を見るというのは全く別の話なので。映画制作のプロセスは身近なものとして知ることができたけれど、同時に、父という特定の一つの視点の周りで育ったので、長い間、自分自身の視点や、私が興味を持つ、語りたいストーリーを価値のあるものだとは思えなくて。インスピレーションを与えてくれる映画や監督を発見しながら、初めて、女性としての自分の視点や、コミュニケーションスタイルを大切にできるようになったんです。監督って、すごく決まったひとつのタイプの人のことだと思っていたんです。でも、本当にいろんな形があるんだと気づくまで、少し時間がかかりました。
──親の仕事が尊敬できるものであっても、同じ道を行くことを背く人も多いと思いますが、あなたの場合はいかがでしたか?
まさにそうです。私も20代はずっとファッション、テキスタイル業界で働いていました。まったく別のキャリアを歩んでいて、それ自体とても好きだったけれど、本当にやりたいことから逃げていたんだとも思います。遠回りでしたけど、結局のところ、あまりにも近すぎたから、という理由もあったのかもしれません。
──近すぎるからこそ、父親が圧倒的で正しい監督像に見えてしまうでしょうし、自分にはできないと感じてしまうことはありますよね。お父様は、あなたがつくった作品に対して、どんなふうにリアクションをされているんでしょうか?
それはもう、本当に“クラフト”の部分に立ち返る話なんです。彼はとても誇り高い人で、それと同時に、ニュージーランドで小さなインディペンデント映画をつくるところからキャリアを始めた人なので、たとえ小さな映画ひとつでも実現させるために何が必要か、その奇跡のような側面や、コラボレーションの力を、彼は身をもって知っているんです。制作のプロセスをそこまで深く理解していたからこそ、私たちはその部分でつながることができた。つくっている映画はまったく違いますが、結局、プロセスは同じなんですよね。
──テキスタイル業界で働いていた経験は、映画における視覚的なテクスチャーの捉え方に、どう影響していると思いますか?
いろんな意味で影響していますね。私がそれまでやっていた仕事は、正確さや忍耐、細部への注意力、そして柔軟性を必要とするものでした。これらすべてが今の制作のプロセスに生きています。それに、私はディテールが大好きで。テキスタイルやファッションの分野で働いたことのある人なら、誰でも細部やクラフトの価値を理解していると思います。そして、それこそが映画制作の本質なんですよね。ファッションにおける服づくりやデザイン、製造のプロセスも、本当に多くの人が関わって初めて成り立つものなので。
──協業ですもんね。映画自体、タペストリーやキルトのようにも感じられますし。
本当に。デスクの上に、アーティストのアニ・アルバースの織物のポストカードを飾っていますが、テキスタイルとフィルムメイキングのつながりを思い出させてくれるんです。
──本作は、歩くリズムや間、呼吸といった要素も丁寧に捉えていますね。映画における身体的なリズムを形づくるうえで、重要視していたことはありますか?
歩くのか、車を運転するのか、自転車に乗るのか。映画の中での移動するペースが、物事の観察の仕方にどう影響するのかを考えていました。運転しているときは、人は周囲全体や地平線を見る。一方で歩いていると、自然と細部に意識が向くようになります。また、都市を離れることで、自然や森がどれほど大きく、そして生き生きと感じられるか、という点も意識していました。自然の中では、鳥の鳴き声や風の音、小川のせせらぎが突然、より大きく聞こえてくる。夜は一層暗くなり、あらゆるディテールが増幅されていく。つまり、私たちが世界に気づく方法そのもののディテールをどう捉えるか、そして森の中で三日間、たった一人、あるいは二人で過ごすとき、他者の振る舞いの細かな部分がどれほど重要になるのか、そうしたことを考えていました。ハイキング体験特有の感覚を、映画の中に持ち込みたかったのです。
──歩くことは人生そのもののようでもありますね。この映画は、ケリー・ライカートの『オールド・ジョイ』(06)も彷彿とさせます。
『オールド・ジョイ』、大好きです。ケリー・ライカートのつくる映画が大好きで、撮影前に観なおして、彼女がどうやって歩くペースを捉えたのか思い出そうとしました。あの映画の第三の存在は、犬ですね。
──確かに、愛犬ルーシーの存在は重要ですね。ホウ・シャオシェンもお気に入りの映画監督だそうですが、彼らから、映画づくりにおいて学んだことはありますか?
細部に注意すること、監督として観客を信頼すること、行間を読むこと、ときには言葉にしない方が満足感があるということ、情報を保留すること。それらを忘れないようにしています。そして、俳優たちに呼吸させ、キャラクターを体現させる、彼らの俳優との関係性も学びました。そういった作品を観ると、とても満たされた気持ちになります。
──次回作も楽しみです。どんなペースで、どのような関係性を探求するものになるのでしょう?
今、車で旅をすることの意味を探求した、ロードトリップ映画をアメリカでつくっているところです。登場人物となるのは、4人の男性です。若い男性たちのダイナミクスを描くので、本作とはまた違いますが、テーマ的に重なる部分もあると思います。
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『グッドワン』
17歳のサムは、父クリスと彼の旧友マットとともに、ニューヨーク州キャッツキル山地へ2泊3日のキャンプに出かける。男たちは、旅路の間、長年のわだかまりをぶつけ合いながらもじゃれ合う。彼らの小競り合いに半ば呆れつつも、聞き役、世話役を全面的に引き受けるサム。しかし、サムの“大人への信頼”が裏切られたとき、“親子の絆が揺らぐ瞬間”を迎えることになる。
監督・脚本_インディア・ドナルドソン
出演_リリー・コリアス、ジェームズ・レグロス、ダニー・マッカーシー
提供_スターキャット
配給_スターキャットアルバトロス・フィルム
2024年/アメリカ/英語/89分/2.00:1/5.1ch/カラー/原題:Good One/
©2024 Hey Bear LLC.
1月16日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町他全国ロードショー
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India Donaldson
インディア・ドナルドソン>> 監督・脚本。アメリカの映画監督。父はニュージーランドの映画監督ロジャー・ドナルドソン。監督デビューは2018年制作の短編映画『Medusa』で、その後2019年と2021年に短編『Hannahs』と『If Found』を発表。長編デビュー作『グッドワン』は、2023年にポーランド・ヴロツワフのアメリカ映画祭で制作途中作品として発表され、ポストプロダクション支援として5万ドルの賞金を受賞。完成版は2024年の第40回サンダンス映画祭と第77回カンヌ国際映画祭の監督週間で上映され、カメラドール(新人監督賞)ノミネートを果たした。同作はその後、同年の第13回シャンゼリゼ映画祭でアメリカ独立長編映画部門のグランプリを受賞、第96回ナショナル・ボード・オブ・レビューで新人監督賞を受賞している。
Text&Edit_Tomoko Ogawa













