18 Jun 2019
作家・柚木麻子さんがリコメンド! 世紀を超える、悪女と美女と少女の物語3作品

1世紀以上もの間、読み継がれ愛されてきた古典文学。 その魅力について、作家、書評家、本好きスタイリストが語る。
小説家・読書家たちの
名作古典文学
面白い!難しくない!古典を愛する柚木麻子さんおすすめの3作品。
激動の物語のなかで現れる 正反対の女の子たちの友情
海外文学の古典から、正反対の女の子たちを結ぶ友情を描いた3作を選びました。19世紀半ばに発表された『虚栄の市』はベッキーとアミーリア。無一文の貧乏画家の娘ベッキーが、美貌と口八丁手八丁でイギリスの社交界で成り上がっていくお話です。ベッキーは悪事を散々働いて社交界を追われて、賭博師になったと思ったら慈善活動家になっていたりもして目が離せません。優しく可憐なアミーリアに対しても、ベッキーは随分ひどいことをするんですが、それでも彼女から贈られた箱をずっと大切にしたりしていて、不思議なシスターフッドという感じの関係を結んでいる。ベッキーが面白いのは、彼女の本性を唯一見抜いたドビンのことを「あいつは見る目がある」と評価して、彼こそアミーリアを幸せにしてくれる人だと、2人をくっつけるために暗躍するんです。全編通して悪事ばかり働いているんですが、どうにも憎めない主人公です。
物語として読みやすく、古典入門におすすめなのが『アンナ・カレーニナ』。この作品ではアンナとキティとドリーが登場します。アンナは駅でヴロンスキーに出会い不倫の愛に走るのですが、その結果ヴロンスキーに振られてしまうのがキティ、その姉がドリー。1人の男に選ばれた女と捨てられた女の人生が、正反対に進んでいきます。物語の終盤に3人が再会する場面、キティは複雑な気持ちだけど、いざアンナに会うと《魅力的ね。おきれいだわ!》と感嘆する。キティとドリーの優しさとは逆に、アンナは自己憐憫と社会への怒りに取り憑かれている。この心模様の対比が素晴らしいんです。アンナは家族も友達もいなくなり、不倫を続けながらもどんどん不安になって、おそらく女性として文学史上初めての鉄道自殺をしてしまう。そんなストーリーですが、あまり辛い話だと思いこまずに読んでみてほしいです。人の評価に捉われるのはネット社会の病だなんて言われるけれど、どうやら昔の人の方がやばそうだということもわかります。
『昔気質の一少女』は、『若草物語』の作者が描く〝オールドファッションガール〟の話。貧しいけど家事能力の高い、文化系アメリカ人のピューリタニズムを刺激するヒロインが登場します。このヒロインが全米大ブレイク中のこんまりさんにそっくり! お金持ちのファンの家にやってきたポリーがDIY精神で周りの見る目も空気も変えていくわけですが、ポリーはのちにピアノ教師として自立する職業婦人で、今の時代から見るとむしろ断然新しい。さらに彼女は、自分に思いを寄せる完璧な男に、親友の方がいいとおすすめして《あなたはあの人のいいところをごらんにならないから》と「分からないのはお前の目が曇ってるから」くらいのことを言ってのける。そして自分はファンの弟とタッグを組んで仕事をバリバリやっていく。ポリーとファンの友情があついんです。悩んでる暇があったら掃除しろ!お金がないなら物を売れ!というポリーの姿は、家事を担うことが実はとても主体的な生き方なんだということを教えてくれます。(談)
柚木麻子さんの おすすめ3作
世紀を超えて読み継がれる、 悪女と美女と少女の物語
Profile

柚木麻子 ゆずき・あさこ
1981年生まれ。2008年に作家デビュー。古今東西の名作をガイドした『名作なんか、こわくない』も好評。近著に『マジカルグランマ』など。
Photo: Kaori Ouchi Illustration: Yousuke Kobashi Text: Hikari Torisawa
GINZA2019年6月号掲載