田村由美の同名人気マンガのドラマ化『ミステリと言う勿れ』最終回。久能整(菅田将暉)が新たな事件に遭遇。整の「気づいたら話さずにはいられない」魅力に溢れ、また、トリッキーな幕切れでSNSをざわつかせた最終回を、ドラマを愛するライター・釣木文恵が振り返ります。オカヤイヅミのイラストもお楽しみください。第11回はこちら(レビューはネタバレを含みます)。
最終考察『ミステリと言う勿れ』12話「一緒に行こう」「どこへ?」もちろん続編を待望する
最後に味わえた「整らしさ」
10話の「episode final」で描かれた焼肉店のエピソードは、比較的ちいさめの話に見えた、それでいて整(菅田将暉)らしさがつまっていた。だからレビューにも「episode final」にふさわしいものだったのかもしれない、と書いた。その意味で、最終回ではちょっとしたデジャヴのような感覚を味わった。
原作1巻冒頭でいきなり警察に疑われる(=ドラマ1話)整は、次にバスジャックに遭遇(原作1〜2巻、ドラマ1〜3話)。そこで出会った我路(永山瑛太)にいざなわれるようにして、整は東京で見損ねた印象派展に行くために新幹線に乗る。原作ではバスジャック事件に続けて、新幹線でのできごとが2巻に置かれている。そのエピソードを、このドラマは最終回に持ってきた。大阪で開催された印象派展の帰りとなっているこの話、原作では会場は広島で、その行きに起こったできごと。さらに広島でも整はかなり大きな事件に遭遇するのだが、今回のドラマではそのエピソードは省かれている。
たまたま隣になった紘子(関めぐみ)が読む手紙が目に入り、そこにイラストの形で隠されていた暗号を見つけ、解いてしまう整。彼女の話を聞いて、暗号によって彼女の母が伝えたかったこと、彼女の父の本当の姿、そして養母の彼女に対する愛までもを看破する。さらには母と養母が仕組んだことさえも……。
原作を読む者にとっては「気づいたら話さずにはいられない」「独自の目線で関わる人に発見や気づきを与える」、そして「自身の親との関係性が良好とは言いがたい」という整の性格や環境が改めて提示されるこの話。ドラマをずっと観てきた者にとっては、11話でほとんど登場しなかった整の“らしさ”を、最後に存分に味わえるものとなった。
足りない終わった感、整を象徴する最後の言葉
11話で風呂光(伊藤沙莉)が追っていた連続殺人事件の犯人は、羽喰玄斗の息子・十斗こと辻(北村匠海)だった。我路たちは辻から風呂光らを救い、彼を自分たちの船に連れ帰る。辻から聞く愛珠(白石麻衣)の死ぬ前の行動から、愛珠が愛した人がいたこと、幸せな時間があったことを知り、救われる我路。さらに辻と愛珠共通の「先生」と呼ばれるカウンセラーの存在が浮かび上がる。そしてその謎が置き去りにされたまま、ドラマは終わる。
この終わり方は続編への布石なのだろう。けれどやはり、ドラマを12回観てきたからには、どうしてももう少し「終わった感」がほしかった。新たな謎が生まれたところで終わってしまうのはどうにも座りが悪い。ただ、我路に「一緒に行こう」と言われ「どこへ?」と返す終わり方は、いつも彼自身の意志ではないところで事件に巻き込まれる整の境遇を象徴してはいた。「菅田整」はきっと、これからも思いがけず事件に遭遇しては考え、話し、たったひとつの事実を見つけ出すのだろう。ドラマ本編ではライカ(門脇麦)と風呂光が整のバディ的存在として活躍していたが、もし続編があるのだとしたら、整と我路との物語がもっと観られるのかもしれない。
原作の田村由美との対話を重ねながらつくっていったという菅田将暉の整が、そして整がなんでもないように投げかける疑問や意見が、今回のドラマを通じて、多くの人の胸に刻まれたのは間違いのないことだ。あるかもしれない続編を、そこで再び菅田整に出会うことを、彼が何を話すかを、楽しみにしたい。
脚本: 相沢友子
演出: 松山博昭、品田俊介、相沢秀幸
出演: 菅田将暉、伊藤沙莉、尾上松也、白石麻衣、鈴木浩介、筒井道隆、門脇麦 他
原作:『ミステリと言う勿れ』田村由美/小学館(『月刊フラワーズ』連載中)
主題歌: King Gnu『カメレオン』
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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