3月のエンタメをレビュー!GINZA編集部がレコメンドする新刊をご紹介。
G’s BOOK REVIEW 堆積した時間を愛でながら何度でも味わいたい、岸本佐知子の紀行文『死ぬまでに行きたい海』etc.

『旅する練習』
乗代雄介
(講談社/¥1,550)
ボールを蹴ることが楽しくてたまらない12歳の姪と書いてさえいれば機嫌がいい小説家の叔父。2020年の春の日、ふたりは我孫子で電車を降りて《歩く、書く、蹴る》練習の旅をスタートする。鹿島アントラーズの本拠地を目指すその「合宿」に、読み手は並走して、景色を見つめ、「真言」を耳にし、出会ったり別れたりすることになる。描写に殴られる文章というものがあって、それがどうにも快楽なのだと知る、美しい中編小説。
『死ぬまでに行きたい海』
岸本佐知子
(スイッチ・パブリッシング/¥1,800)
通った町、住んでいた町、本当に行ったのかどうかわからない、でも記憶の中に色濃く残っている場所。各地を訪れて抱く《私が触れなかったものだけが残っているみたいだ》という感覚や泡のように浮かび上がる記憶、目の前の景色と浸透しあって揺らぐ思いを綴る22編。著者の手にかかると、赤プリはダルマ落としされ、白サギはたおたおと飛び、記憶はしばしば《裏焼き》される。堆積した時間を愛でながら何度でも味わいたい紀行文。
『思い出のスケッチブック』
E・H・シェパード
(永島憲江訳/国書刊行会/¥2,600)
『クマのプーさん』という児童文学の名作がある。シリーズ1作目の発表から100年近くがたった今でも、英国生まれのこの作品が確かな質感を持って読み継がれているのは、シェパードの挿絵によるところがずいぶん大きそうだ。その画家が、自らの7〜8歳の一時期に焦点を当て、語るように書かれた自伝的エッセイ。19世紀末ヴィクトリア朝の生活と文化が、少年の視線と心の動きと120点以上のイラストとともに伝えられる。
🗣️
Recommender: 鳥澤 光
ライター、編集者。乗代雄介の生活は小説。『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』で知った。