15年前の失踪事件と現在の殺人事件。二つの事件に関わりのある女社長・梨央(吉高由里子)と、一番近くにいる顧問弁護士・加瀬(井浦新)。そして刑事として事件を追う梨央のかつての幼馴染・大輝(松下洸平)。襲いかかる危機から二人の男が梨央を守る展開が切ない。ドラマを愛するライター・釣木文恵が『最愛』3話を振り返ります。回を追うごとにシリアスさを増すオカヤイヅミのイラストにも注目です。
吉高由里子×松下洸平『最愛』3話。梨央を守る二人の男が切ない。本当にあの映像が康介殺しの全てなのか

『最愛』の世界の人間関係
『最愛』を観れば観るほど、自分が凝り固まったイメージに支配されていることに気付く。たとえば1話で登場した真田家の並外れて豪華な暮らし、母・梓(薬師丸ひろ子)の有無を言わせない雰囲気から、梨央(吉高由里子)は15年間、故郷との繋がりを一切絶たれてしまったのかと思っていた。けれど実際には2話で一度故郷に戻り、弟・優(柊木陽太)を東京に連れてきてさえいる。また、2話の「優は5年後、私の前から姿を消した」というナレーションで、ついそれ以来行方不明と思い込んだ。しかしその後3話で梓が優の行方を探し出し、梨央にも月一度無事だけは知らせていることが判明した。
これらは、自分の早とちりでしかない。しかしそんな勘違いに気づくたび、それこそ”ドラマのように”ある出来事をきっかけに全てがパチンと切り替わるわけではなく、それぞれの人間関係の繋がりが細く残っていく、リアリティある世界を描いているのが『最愛』なのだと改めて思い知らされる。
大輝と加瀬、二人の前での梨央の違い
「今日はちゃんと話す。警察に秘密にしておきたいことなんて何もないから」と昭(酒向芳)と公園で会ったことなど、事件について大輝(松下洸平)に語る梨央。しかし、康介(朝井大智)の遺体のそばにあったお守りについては「なくした」と言うに留めるなど、嘘はついていないが核心は話さない。大輝に完全に心を許してはいないようすだ。
一方、大輝を帰した直後同じ店に呼びつけた加瀬(井浦新)に対しては「だって(大輝が)急に話聞きたいってくるから」「怒るなら明日まとめて怒って」と甘えた声を出し、ふてくされた顔を見せる。本人に先んじて加瀬の料理を注文するなど、食べ物の好みも知り尽くしている様子だ。そういえば加瀬と梨央は、よく一緒に食事をしている。自分を敵視していた兄とビジネスパートナーとして接してくる母に囲まれ、自分を助け続けてくれた加瀬は、梨央にとって唯一の支えなのかもしれない。
梨央と大輝のくっきりとした記憶
真田ウェルネスに事業説明会の中止を求める脅迫メールが届く。しかし梨央は「いつものこと」と取り合わない。秘書から相談されていた大輝と桑田(佐久間由衣)は密かに梨央を見張る。やがて事業説明会当日、会場の駐車場で、大輝は2話ラストで梨央を追っていた不審車輌と同じ車を見つける。その車輌の持ち主こそ、脅迫状の犯人でライバル会社の社長(谷田部俊)だった。
梨央に刃物をつきつける犯人を追う大輝と、犯人から梨央を奪う加瀬。加瀬は怪我を負ったものの、大輝によって無事犯人は確保された。しかしマスコミが多数集まる事業説明会で犯人が「真田梨央は人殺しです」と叫んだことで、話はいびつに広がり、真田ウェルネスの株価は暴落。真田ウェルネスの専務・後藤(及川光博)と繋がっている記者・橘(田中みな実)は、梨央と昭の事件とのつながりを書いた記事のゲラを後藤をはじめグループ役員に送りつける。梨央が何よりも実現させたい薬の承認に大きな障壁が立ちはだかることになってしまう。
加瀬が運び込まれた病院で、「昭に脅されていたのではないか」と問う大輝に梨央は話す。
「本当に友達として話せたらいいのに。どこ行きたいとか、あれ食べたいとか、ギャル見に行こうとか」
「それは優」
「箱根駅伝のコース、散歩するって言ったのは?」
「それは俺」
「大手町から品川過ぎて、玉川越えて鶴見中継所まで。いけるかな、いけないかな。遠いね、散歩って距離じゃないよね、って」
15年前の何気ない発言を誰が言ったかすぐに答えられる大輝と、15年経っても箱根駅伝のコースを誦じられる梨央。二人は覚えすぎるほど覚えている。
「ずっとどうしとるんか、気になっとった」
という大輝の言葉は梨央の心を動かすのだろうか。
記憶を取り戻した弟の謎
いつまで経っても係長・山尾(津田健次郎)に間違った名前で呼ばれる大輝の後輩・桑田。捜査を進める中で彼女は改めて康介のことを「ガチクズですね」「胸糞悪い」と言い放ち、性的暴行の被害者について「声をあげてもお前に隙があったからだとか、犬に噛まれたと思って忘れろとか言われるんですよ」と言う。この短いシーンで性的暴行の二次被害についてもさらっと触れられていたことが嬉しい。3話の演出は山本剛義だけれど、本作プロデューサーの新井順子、演出の塚原あゆ子が関わった『MIU404』でも、ドラマ内で起きた事件に対するハッとする視点が入っていたことがたびたびあった。
梨央の会社は窮地に陥ってしまった。そして謎は相変わらずそこにある。昭を殺したのは誰か。本当に優の記憶と、梨央が観た映像が康介殺しのすべてなのか。もうひとつ、優は今どこで何をしているか、も気になる。「社長にしては質素」と桑田が評する梨央の家。その部屋には「僕は元気です 優」とだけ書かれた日本各地の絵葉書がぎっしりと飾られていた。富士山の見える湖畔の景色、金閣寺、兼六園、宮古島、そして東京らしきビルの景色も。この葉書をそのまま受け取るならば、「記憶を僕は取り戻した」と手紙を置いて姉のもとを去った優は、その後日本全国を巡り歩いていることになる。果たして本当にそうなのだろうか。
脚本: 奥寺佐渡子、清水友佳子
演出: 塚原あゆ子、山本剛義、村尾嘉昭
出演: 吉高由里子、松下洸平、田中みな実、佐久間由衣、高橋文哉 他
主題歌: 宇多田ヒカル「君に夢中」
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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Illustrator オカヤイヅミ
漫画家・イラストレーター。著書に『いいとしを』『白木蓮はきれいに散らない 』など。趣味は自炊。
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