『GINZA』が敬愛するクリエイターに「人生に大きな影響を与えた本、映画、音楽、アート」を挙げてもらい、出合った順番に、当時の境遇や心情と共に話を聞く。本誌の人気連載が一冊にまとまりました。GINZA特別編集ムック『一生ものの、本と映画と音楽とアート』(発売中)から、現代美術家・加賀美健さんの記事を特別公開。
現代美術家・加賀美健を構成する本、映画、音楽、アート

現代美術家・加賀美健を
構成するもの
FILM🎞『ゾンビ』ジョージ・A・ロメロ
BOOK📚『川崎徹の無意味講座』川崎 徹
MUSIC🎶『バラッド ’77〜’82』サザンオールスターズ
ART🎨『CAMERON JAMIE』 キャメロン・ジェイミー
社会現象や時事問題、日常でふと感じた違和感に独自のユーモアとシニカルな視点を加えて、さまざまな形態のアート作品を生み出す加賀美健さん。「実家帰れ」や「スタイリスト私物」など、ラフな手書き文字がプリントされたTシャツやステッカーも人気を集めるが、「これがアート?」「意味わかんない」と思う人もいるかもしれない。でも、それこそが加賀美ワールドの真髄。そして何より、今なお追究し続ける創作の境地なのだ。
東京の郊外で生まれ育ち、意外にも小中学時代はカルチャーとは無縁の野球少年だった。そんななか、小学校高学年の頃に出合った映画『ゾンビ』は、その後のアート活動に多大な影響を与える“一生もの”の作品になった。
「地球に謎の光線が降り注いで人間がゾンビになっちゃう。そいつらが次々に人を喰っていくっていうシンプルな話なんですけど、当時はめちゃくちゃ怖くて。テレビと自分を毛布で覆って真っ暗にして、“ひとり映画館”みたいな感じにして何度も観てました」

【FILM】
『ゾンビ』ジョージ・A・ロメロ ゾンビ映画の生みの親とされるジョージ・A・ロメロ監督作品。突然死者が蘇り、ゾンビが増殖していく街。生き残った人々はショッピングセンターに逃げ込むが……。人間とゾンビの死闘を描く。
近年、人気の映像ジャンルとなっている“ゾンビもの”。が、目下のところ、加賀美さんにとって、この作品を超えるものはない。
「CGがすごい映画って、興味を持てないんですよね。技術が進歩すれば作れるのは当たり前。それがない時代に試行錯誤した作品に惹かれるんです。たとえば、ヘリコプターで逃げようとする人間をゾンビが追いかけてくるシーンがあるんですけど、高速で回ってるプロペラにゾンビの頭が当たって、おでこから上がスパッと切れて吹っ飛んじゃう。これ、どうやって撮影したのかなってよく見たら、ゾンビの頭が異様に長い。俳優さんが怪我しないように、吹っ飛ぶ部分の頭を“盛って”たんです。今だったらCGでサッと実現できる映像を、当時のスタッフは『これだと俳優が死ぬ!』『頭を長くしよう!』とか言って真剣に考えたんでしょうね。その打ち合わせはなんか面白そうだし、とにかくいいなって。自分が作品を作るときの発想とも近しい感覚を抱きます」
“手書きの日本語”のアートしかり、加賀美さんがリサーチや検索以外でパソコンを使うことはない。『ゾンビ』同様、超アナログだからこそ、そこに面白みが生まれる。そんな信念が伝わってくる。
「最先端の技術を使うと、どうしても似通ったものになっちゃう。映画とか、特にそうでしょ。でもアートの世界では、いまだに油絵とか、人が手で描いたものに価値が置かれていますよね。そこが好きなんです」
中学卒業後は全寮制の男子校に進学。野球も辞めてしまい、将来の目標も見つからず、彼女もナシ。文字通り、うだつの上がらない日々を過ごしていた。そんな頃、毎日ラジカセで聴いていたのが、サザンオールスターズ。
「桑田(佳祐)さんの歌詞って、高校生にはまだ完全に理解できないんだけど、言葉よりもとにかくメロディが好きで。当時は“刑務所”みたいな寮生活から脱出したくて、卒業までの間、毎日カレンダーの日付をマジックで消してたくらい。『バラッド』はバラードのベスト盤で、ここに収録されている『ラチエン通りのシスター』をずっとひとりで聴いてました。まだサザンが爆発的に売れる前のナンバーで、どこか地味な印象のある曲。でも、スルメみたいに聴けば聴くほど沁みてくる。今でも耳にすると、あの頃が一瞬でフラッシュバックして、とんでもなく切ない気分になります」

【MUSIC】
『バラッド ’77〜’82』サザンオールスターズ初期5年間の作品群からバラード曲を中心としたベスト盤。「いとしのエリー」「Ya Ya」などのスタンダードナンバー、そして「ラチエン通りのシスター」「松田の子守唄」などの隠れた名曲を収録。
わかろうとしなくて、いい
“無意味”の壁を越えていく
刑務所、もとい、高校卒業後に選んだのはファッションの道だった。服飾の専門学校で学び、その後は6年間ほど著名なスタイリストのアシスタントとして働いた。“最前線”への道が開きかけていた頃、加賀美さんはサンフランシスコへ旅立つ。
「スタイリストの仕事は、たくさんの人と一緒にひとつの世界観を作り上げていく。それも楽しかったんですけど、僕は100%自分の頭の中を出せる美術のほうが合ってるんじゃないかと思って。とはいえ美大を出ているわけじゃないし、勢いに任せてまったくのゼロから全然違うことをやっちゃったっていう……」
サンフランシスコのギャラリーで目にしたキャメロン・ジェイミーの映像作品[The New Life]は、加賀美さんの創作にインスピレーションを与え続けているアートのひとつだ。
「彼の写真作品は知っていたんですけど、映像を見たのはそれが初めてで。覆面をつけたジェイミーがマイケル・ジャクソンのそっくりさんと部屋の中でプロレスを延々とやる4分間の映像で、なんかわけがわからなくてよかったんですよね。こうやって話しても全然伝わらないですよね(笑)。でも、そもそもアートって、誰かにその面白さを説明したりするものじゃない。何かメッセージを受け取ろうとしなくていいと思うんですよ、僕は。ジェイミーの作品は『わけわかんねー!』ってものが多い。それが最高だし、かっこいい。意味なんて見出せなくても、今でも脳裏に焼きついている。そういうものに出合うと、ゾクゾクするんですよ。自分も誰かに作品の意味をわかってほしいなんて考えないし、『わけわかんない』っていう返しが、一番の褒め言葉だと思っているんです」

【ART】
『CAMERON JAMIE』 キャメロン・ジェイミー 映像、写真、ドローイング、パフォーマンス、彫刻など、幅広い手法で作品を発表し続けるLA生まれのアーティストの作品集。加賀美さんが刺激を受けた[The New Life](1996)も収録されている。
とはいえ、現代社会は“無意味”をそのままにしておいてはくれない。答えや理由がないことを過剰に不安視する昨今の風潮に抗うのは難しい。
そんな暗澹たる気持ちに風穴を開けてくれたのが、80年代に多くのヒット作品を手がけたCMディレクター、川崎徹の『無意味講座』だ。
「80年代の広告やCMって莫大な予算を使って、ある意味バカみたいなこともできたでしょ。逆に今は予算もなければふざけるのも許されない。それはあらゆる業界に言えるんじゃないかな。僕自身ももどかしい気持ちがあって、この時代に広告を作っていた人たちの本を読みまくっているんです。中でもすごいのがこの一冊で、川崎さんが“無意味”についてずっと語っている。たとえば、そもそも無意味って“意味”が“ない”って状態だから、そこには前提として意味があるわけです。だから、無意味だけでは存在し得ないって書かれていて。それを承知の上で、川崎さんはその先の領域へ行きたいと。もうスゴすぎませんか?僕もそんなことばっかり考えていたから、何十回と読んで、そのたびにめちゃくちゃ共感して」

【BOOK】
『川崎徹の無意味講座』川崎 徹 雑誌『広告批評』がオーガナイズしたテレビ番組『夜中の学校』の書籍化。CMディレクターの川崎徹が完全な無意味とは何か、意味と無意味の境界線についてなど、広告の視点も交えて解説。
きっと時代の空気はすぐには変えられない。かといって、自分がそこに迎合しようとはまったく思わない。加賀美さんはこれからも、愛すべき“意味わかんない”を世に生み出していく。
「見た人をキョトンとさせるのって大事だと思うんですよね。でも今は、自分だけが取り残されているのかな?って不安になって、答えや意味がどうしても欲しくなる。そうすると、わけがわからないものに拒絶反応が起こっちゃう。理解できなくていいし、意味なんてなくていいって人が多くなれば、日本はもっと面白い国になるんだけどな。まわりはさておき、自分はわからなかった。それでいいじゃないですか。大丈夫。きっと本当はみんな、わかってないから(笑)。アートでもなんでも、好きなように作って、好きなように見ればいいんです」(2023年4月号)
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かがみ・けん≫1974年東京都生まれ。2010年、代官山に〝店自体が作品〟ともいえる「ストレンジストア」をオープン。23年9月にmisako&rosenとNADiff apart にて個展を開催。
Photo_Yu Inohara Text_Yuriko Kobayashi