『GINZA』が敬愛するクリエイターに「人生に大きな影響を与えた本、映画、音楽、アート」を挙げてもらい、出合った順番に、当時の境遇や心情と共に話を聞く。本誌の人気連載が一冊にまとまりました。GINZA特別編集ムック『一生ものの、本と映画と音楽とアート』(発売中)から、「蟹ブックス」店主・花田菜々子さんの記事を特別公開。
「蟹ブックス」店主・花田菜々子を構成する本、映画、音楽、アート

「蟹ブックス」店主・花田菜々子を
構成するもの
FILM🎞『スリー・ビルボード』マーティン・マクドナー
BOOK📚『ハチ公の最後の恋人』吉本ばなな
MUSIC🎶『名前をつけてやる』スピッツ
ART🎨『センチメンタルな旅・冬の旅』 荒木経惟
2020年3月、2作目となる著書『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』を上梓した花田菜々子さん。タイトル通りの状況のなか、結婚することの意味とは何か、そもそも家族とはどういうものなのかを紆余曲折しながら考えた記録だ。花田さんが本の中で何度となく自問するのが「普通って何?」ということ。それは物心ついたときから心にあった謎であり、葛藤だった。
「私、自分の人生って12歳から始まってるなって思うんです。集団になじむのが苦手で、学校ではいじめられていたんですけど、あるときから、これってクラスメイト全員に電話して『いじめなんてやめない?』って言ったら終わるんじゃないかとか行動したりして。自我の目覚めというか、いろいろなことを急に自分で考えるようになった時期でした」
きっかけになったのがX JAPAN。
「今まで見聴きしていたJ-POPのミュージシャンとは圧倒的に違っていたし、何より驚いたのは、雑誌のインタビューなんかでYOSHIKIが普通に『死にたい……』とか言うんですよ。ああ、この人たちにも普段見せている表面とは違う裏面があるんだなと思ったら、熱が上がってしまって(笑)」
「それ以来、ラジオや雑誌が自分の逃げ道、出口になった」という花田さん。
現実世界は自分が思うようにならないし、鬱々としているのに対して、カルチャーの世界に生きる人たちが見せてくれる考え方とか表現は全然違う。だんだん、私はそっち側の世界に生きていて、学校にいるのは仮の姿なんだみたいな気持ちを持ち始めたんです」

【MUSIC】
ブレイク前夜のアルバムだが、ファンの間では名盤とされる一枚。メンバーが「ターニングポイントとなった」と語る「恋のうた」や、「ウサギのバイク」など、色褪せない名曲を収録。
そして「一生のお付き合いになる」音楽、スピッツの楽曲と出合った。
「歌詞も歌い方も不思議な世界観で、ヘンだったんですけど、でもなんだかすごくわかる!と思って。今思えば12歳の子どもに本当に理解できるわけがないし、実際今歌詞を読んでもよくわからないんです(笑)。でももしかしたら40歳の私より12歳のときの魂の方がスピッツのあの不思議な歌詞とダイレクトに太い線でつながっていたんじゃないかなとも思うんです。その体験があったからこそ、30年間ずっと“好き”という気持ちが変わらないのかもしれない」
恋愛と一冊の本を通して
触れた色鮮やかな世界
カルチャーの世界に居場所を見つけた中高時代。それでもひとたび現実世界に戻ると、周囲の求める無根拠な「普通」を強要され、気持ちが沈んだ。
「その頃は親と教師が二大信用できない大人だったんです。とにかく『普通の範疇から外れるな』という圧が理解できなくて、すごくいじけた気持ちで生きてました。ひどいときには、自殺したら彼らは反省して後悔してくれるんじゃないかと思ったりもしていました」
そんな高校生の花田さんを救ってくれたのが当時の恋人だった。
「17年、ずっと地面の中で過ごしていたのが、初めて地上に出られたみたいな感覚でした」

【BOOK】
宗教家の親の元に生まれた少女とひとりの青年。運命に導かれて出会ったふたりが、別れの予感の中で過ごした時間を描く。
吉本ばななの『ハチ公の最後の恋人』は当時の気持ちとリンクする特別な一冊だ。
「宗教家の親の元に生まれた少女が家出した先で出会った青年と恋に落ち、一緒に生活した1年間の話です。最後に彼はインドに旅に出てしまうので、離れ離れになるという点で恋は成就しませんが、彼の選んだ道を止めたら、本来の彼ではなくなってしまう。同じ空の下でふたりが生きているということがなにより大事なんだと教えてくれる小説で、このラストは今も自分の恋愛観に影響を与えています。生まれて初めて色鮮やかな世界に触れた、当時の自分と似た環境というのも大きいですね」
カルチャーというのは
人生と呼応するもの
同時期に影響を受けたもう一人の作家に、アラーキーこと写真家の荒木経惟がいる。
「荒木さんの写真には、いわゆる美しく女性を撮るというのとはまた違った荒々しさがあります。当時の私は性に興味がある一方で、男性向けのAVのような消費される性に嫌悪や怒りを感じていて。これって私たちと本当につながってるの?みたいな。でも彼の写真はそれを解放してくれた。野生的で生々しいものの中に美しさを見出してくれる人がいるんだって、すごく救いになったんです」
が、この話には続きがある。そのアラーキーが近年、撮影を担当したモデルからハラスメント行為を告発されたのだ。
「私自身そのモデルが被写体の荒木作品のファンだったのですが、尊敬していた作家がヌードの強要や無許可での発表をして世に出た作品だったと知り、その事実とどう向き合えばいいかずっと考えていました。結果、今の私にはアラーキーはもう必要ないのかなと。この作品を『これはこれで芸術』と目をつぶることも違うし、事実を知らずに変に美化したままでいるよりは、しっかり向き合わせてもらった方がよかった。私が彼に魅せられてから見限るまでの歴史、考え方に変化があったことも含めて、多くのものをもらった気がしているんです。人生をかけて付き合うって、こういうことなのかなと思います」
「カルチャーは人生と呼応するもの」という花田さんの言葉が忘れられない。今日まで自分の居場所となってくれたカルチャーの世界。それらは外野から一方的に「好き/嫌い」を主張するものではなくて、人生とともに変化し、ときに学びを与え、ときに新しい一歩を踏み出させてくれるものだ。

【ART】
新婚旅行での愛を記録した私家版『センチメンタルな旅』と、妻の死の軌跡を見つめた私小説的写真日記『冬の旅』から、生と死のドラマが語りかける傑作選。
数年前に観た映画『スリー・ビルボード』もまたそんな作品だった。
「娘を殺された母親が、捜査を進めない警察に抗議していくという一見社会派なドラマなのですが、どんでん返しの連続で。いい母親だと思っていた人が実は厄介者だったり、悪者だと思っていた人が実は違う?となったり、こちらが先入観で見てしまうことをとにかく否定し続けるんです。でもそこがよくて、自分のテーマにしたいなと思える作品に出合えたなと」
誰かの「普通」は自分の「普通」ではない。劇中にちりばめられた疑問は、花田さんが抱えてきたそれと似ていた。
「疑うことが好きなんですよ、私。世の中からあいつは最低な人間だって言われている人に対して、本当にそうなのかなと思ってしまう。その人の善悪をジャッジするより、その人の心や行動がなぜそうなったのかということの方に興味が湧くし、それを常に考えていたくて」

【FILM】
娘を殺された母親が警察に向けて立てた批判看板。そこから巻き起こる不審な事件と人間模様を怒濤の展開で描く。
今や匿名で他人をジャッジできる世の中だ。思考停止の世界で、花田さんの生き方は少々骨が折れそうな気もする。
「いいとか悪いとか決められないものの間にたゆたって旅をしている感覚が好きなんだと思います。そうしながらいろいろな側面を見たり、考えたりして、どこかにある真実みたいなものをきちんと見てみたい。そう思っているのかもしれません」(2020年5月号)
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はなだ・ななこ≫1979年東京都出身。自身の実体験を綴った『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)は6万部超えのベストセラーに。書店員としてさまざまな店舗で20年ほど勤めたのち、現在は高円寺にある「蟹ブックス」の店主をしながら書評を中心とした執筆活動をしている。
Photo_Mima Soma Text_Yuriko Kobayashi