空や海色の静けさや、孤独や憂鬱、ときには若さを意味する青。そしてときとして青はすっぱい。弱冠23歳にして監督から脚本、主演までこなすレナ・ダナム作品に見る青とは──
青のカルチャー論〜レナ・ダナムetc注目女性作家とは?

今年、第90回のオスカーで監督賞にノミネートされた女優のグレタ・ガーウィグは、授賞式のVTRでこう語りかけていた。「あなたの映画を作って。私たちも私自身も、あなたの映画が必要なの。だから作って」と。彼女のシンプルなメッセージは、これまで声を上げてこなかったマイノリティに向けられたものだ。
みんな持ってる、ひねくれた心。
「オーラは、あなたにわかってもらいたい。彼女がつらい状況にあるっていうことを」。23歳のレナ・ダナムが監督、脚本、主演をしたデビュー作、インディペンデント映画『タイニー・ファニチャー』(10)のポスターには、主張するようにそう書かれている。本作でレナが描いたのは、うまく社会で大人になれずにひねくれていく22歳のオーラが抱く、甘くなんて全然ない、すっぱい感情だ。甘ったれで不甲斐なく、中途半端な主人公を観ていると、いろいろ持っていても全然足りなくて、開き直ってダメに生きていた20代前半の日々を思い出して、泣き笑いしながらも、愛おしさがこみ上げて、最終的にオーラを通じて、「今、私昔の自分を抱きしめているのでは!?」みたいな気持ちにさせられるのである。
『タイニー・ファニチャー』: 大学卒業後、彼と別れ実家に戻ってきたものの、進路も決まってないオーラは居場所がない。そんな中、自作動画をネット投稿するジェド(アレックス・カルポスキー)と出会い、母の不在中、彼が実家に入り浸ることをつい許してしまう。『GIRLS』の原点となったレナ・ダナム長編劇場デビュー作。グッチーズ・フリースクール配給で、シアター・イメージフォーラムにて8月上旬公開。
NYトライベッカにあった当時の実家のアパートを舞台に、自身の母親、妹、友人を総動員し、約560万で完成させた本作は、ヒットメイカーのジャド・アパトーの目に止まる。そして、レナが手がけた米HBOのドラマ『GIRLS®/ガールズ』(12〜17)が生まれることになる。彼女が扮するのは、自分本位で、自意識過剰、ぽっちゃりが悩みなのにダイエットする根性はゼロ、純粋で自分の才能には根拠のない自信があるけど、好きになるのはダメ男ばかり。すぐセックスしちゃうわりに、自分が変わらなきゃいけない真剣交際には足踏みする怠惰な主人公ハンナだ。ハンナ率いる大人になりきれないお仲間ガールズを観ていると、誰かに自分や女友達を見出して、「ああ、耳が痛い……」と悲しいかな共感してしまうのだ。
『GIRLS®/ガールズ』:NYの20代女子のリアルライフを描き、ミレニアル世代から熱い支持を得たレナ製作・脚本・主演のドラマ。シーズン1で、ハンナのセフレ以上恋人未満のアダムを演じたアダム・ドライバーは、そのダメ男ぶりで大ブレイクした。©2017 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.
かっこ悪さも全部 丸裸で見せていく!
シーズン6のそれぞれのガール期からの卒業をもって、『GIRLS』は終焉を迎えたけれど、冒頭で触れたグレタ・ガーウィグが脚本・監督を手がけたデビュー作『レディ・バード』(公開中)も、ありのままにひねくれた女性の青春のきらきらと痛みがフレッシュに蘇ってきて、その痛みごとずっと抱きしめていたい、と思わせる傑作だ。この物語は、グレタ自身の高校時代がベースになっている。主人公は、自分を〝レディ・バード〟の愛称で呼び、いつか羽ばたけると信じているクリスティン17歳。自分が生まれたサクラメントを田舎と毛嫌いし、何かとうるさい母親を疎ましく思っているが、傍からみれば、問題のある家庭に育っていても、愛情をたっぷりと受けた世間知らずでプライドの高いプチ問題児でしかない。そんな彼女は、将来の悩みや不安からくるイライラを解消すべく、ミュージカル仲間のイケメンを好きになってみたり、スクールカースト上位の女の子とお近づきになったり、常に本を読んでいる寡黙なバンドマンに恋に落ちたりする。もがいて、背伸びして、無理をしながらも懲りずにぶつかっていく様がまぶしい。灯台下は暗いもので、一度離れてみないとその明るさはわからない、というのはどこの世界でもおんなじである。ダサいと言われる流行の歌が好きな自分も、変わった趣味と笑われる服装を好む自分も、本当の私。そう受け止められたとき、彼女は故郷サクラメントのことも、実は合わせ鏡のようにそっくりな性格の母のことも、遠くからも近くからも、ぐるっとよく眺めることができるようになる。
『レディ・バード』:生意気盛りの赤毛クリスティンをめちゃめちゃキュートに演じるのは、『グランド・ブダペスト・ホテル』(14)や『ブルックリン』(15)などで知られる女優シアーシャ・ローナン。©Merie Wallace, courtesy of A24
もともと脚本家志望だったがたまたま当時の恋人が俳優だったことから、女優としてデビューすることになったグレタ・ガーウィグ。念願の監督デビュー姿もキマってます。第90回アカデミー賞主要5部門にノミネート。現在、TOHOシネマズ シャンテ他にて全国公開中。©Merie Wallace, courtesy of A24
ドラマや映画は女性たちのリアルな声の一部では間違いなくあるけれど、ドキュメンタリーではなくフィクションだ。たとえば、オーラもハンナも、キャラの生みの親はレナ・ダナムだけれど、レナ自身ではもちろんない。レナ本人の赤裸々な本音が綴られるのが、14年に出版した自伝『ありがちな女じゃない』だ。
『ありがちな女じゃない』:レナがフェミニズム、セックス、恋、仕事について赤裸々に綴った初エッセイにして全米35万部のベストセラー。女子文化案内の第一人者、山崎まどかが翻訳。レナ・ダナム著/河出書房新社/¥1,800
この本で彼女が語るのは、偽りのない自分の話。抑鬱としていた幼少期から、ヴァージンを早く奪ってほしかったこと、ドラマの中で自身のヌードを披露することについて、家族から学んだこと、恋や友人関係の失敗、後悔。そこまでさらけ出す理由は、この本が、レナが言うところの「私が戦う最前線からお届けする、希望に満ちた緊急メッセージ」だからだ。失敗をしないためじゃない。失敗は、後々の人生で意味を与えてくれるから。同年、レナは『GIRLS』でも共同エグゼクティブ・プロデューサーを務めたジェニファー・コナーと、フェミニズムをテーマにしたメルマガサイト「Lenny Letter」をローンチ。17年、「Lenny Books」の第1弾として、中国系アメリカ人の詩人でライター、ジェニー・チャンが中国系移民として生きる少女の成長を綴った短編『Sour Heart』を発行した。第2弾としては、レナ初の短編集『best and always』が準備中。レナとジェニファーは現在、HBOの新ドラマ『Camping』のプロダクションをしているそう。次は彼女たちからどんな本音が聞けるのか、楽しみでならない。
『Sour Heart』(日本未訳):中国系移民としてアメリカで育った詩人、ライターの著者ジェニー・チャンの経験を元に、思春期の少女の葛藤をユーモアを交えて描いた7つの短編。瞬く間に全米で話題になった。Jenny Zhang著
Photo: Masumi Ishida Text & Edit: Tomoko Ogawa