一番好きだと思った季節が、今年も終ろうとしている。そんなとき、どこからか流れてきた1曲の歌がある。1986年8月20日、明治神宮球場のコンサートで初めて披露された名曲「夏の終りのハーモニー」。井上陽水と玉置浩二という強い個性が混ざって生まれた、何にも代えがたい幸せな調和。同じように、アイコニックな2つの素材が合わさった料理には、どこか心惹かれてしまう。噛みしめるべき味覚のハーモニーが、そこには確かに存在するから。最高だった夏と一緒に、夢のような1皿を、いつまでもずっと忘れずに。
〈FOOD〉夏の終りのハーモニー Vol.2
北京遊膳
白身 と 卵黄
200年近く繰り返される離別。
ときには別れからはじまるハーモニーだってある。「北京遊膳」の「白身魚と卵白のふわふわ炒め」は、卵の白身と黄身が一度お別れ。卵白は鯛と出会い、卵黄は蟹とともにソースになり、再びひとつに。プルプルな2つの白身はもっちり、初めての食感。その淡白な旨味を卵黄とカニのグルタミン酸が追いかける。この口どけのために、卵の一時の別れは必然だったのだ。もともとこの一品、正式には賽螃蟹という清朝時代の西太后に捧げられた北京宮廷料理。火にかけると散ろうとする黄身と、反対に固まろうとする白身。違った性格の2つに、それぞれ白身魚と蟹を合わせて絶妙な火加減で油に通すことで調和した、歴史の味。成長した姿で再会した同郷の2人。これはもはや恋か。
「北京遊膳」調味料まで手作りを貫く。鯛は季節により白魚に。「白身魚と卵白のふわふわ炒め」¥2,800
住: 東京都杉並区荻窪5-24-7 富士ビル2F
☎: 03-3391-9715
営: 17:00〜21:00LO(土日祝〜20:30LO)
休: 火、第1月
龍圓
魚介 と モッツァレラ チーズ
伝統を壊して生まれた飴色の二重奏。
「伝統を重んじながらも〝美味しい〟ことに素直に、自由度の高い中華料理を出したくて。だからある時店名から、〝中華料理〟を外したんです」。そう語る「龍圓」のオーナーシェフ栖原一之さんが老酒漬けにしたのは、魚介類と、曰く伝統中華では〝禁じ手〟とされるモッツァレラチーズ。さぞかしクセのある珍味だと思ったら大間違い。老酒ベースのタレに漬けられたチーズは白味噌にも似たような甘みで、それはそれはささやかな優しい味わい。魚介類は日替わりで、この日はクラゲとアオリイカ。コリコリとした食感に、チーズのむっちりとした歯ざわりが老酒の芳香の中で混ざり合う。これを食べて虜にならない人がいるかしら。新しい伝統の予感がした。
「龍圓」メニューはコースのみで¥6,000〜。定番の焼き餃子からトリュフのカニ玉や松茸の春巻きまで楽しめる。
住: 東京都台東区西浅草3-1-9
☎: 090-8720-2581
営: 12:00〜13:30LO・17:30〜20:30LO
休: 月
ル・キャバレ
桃 と ブラータ チーズ
ワイン片手に星を見ながら ロマンティックな夏の夜。
夜空をさまよい、星屑のあいだをゆれながら代々木八幡にあるビストロ「ル・キャバレ」にたどり着いたら、迷わずに「桃とブラータチーズ」を注文してほしい。山梨県産の桃にフレッシュなブラータチーズを絡めながらいただくと、まさにこれこそが真夏のゆめ、あこがれという味わい。ジューシーな果汁が口の中に広がって、クリーミーなチーズの繊維がホロホロと崩れながら溶け合い、塩と胡椒、たっぷりのオリーブオイルが相互に素材の風味を引き立たせ合う。店主の坪田泰弘さんにお任せでオーダーした白ワイン、ゲヴュルツトラミネールをくっと飲むと、後味にロマンティックな香りが加わり一層華やかさを帯びる。季節が移り変われば、桃がさくらんぼ、イチゴに変わるそうだ。夏が終わろうとしている。それを、店先にすっと吹き抜ける風の温度と、桃の甘酸っぱさで知った。
「ル・キャバレ」「桃とブラータチーズ」¥2,400。合わせるならアロマの強いヴィオニエ種の白ワインもオススメだと坪田さん。
住: 東京都渋谷区元代々木町8-8 元代々木リーフ1F
☎: 03-3469-7466
営: 18:00〜24:00
休: 月