2012年春夏のデビュー以来、出身地である台湾、憧れを抱くアメリカ、拠点を置く日本、そしてファッションを学んだヨーロッパと、あらゆるカルチャーを融合した独特のクリエーションを展開してきた〈ジェニーファックス〉。10周年を迎え、今デザイナーのシュエ・ジェンファンはどんなことを考えているのだろうか?アトリエを訪ねた。
〈ジェニーファックス〉10周年。デザイナー、ジェンファンに思いを聞きに行く。

──10周年を記念して、キャンペーンヴィジュアルを発表しました。以前GINZAでも取材しましたが 、2019年春夏から20年春夏までスタイリングを手がけたロッタ・ヴォルコワさんが久しぶりに参加していますね。
ロッタとはコロナ禍で2年くらい一緒に仕事をできていませんでした。その間自分でスタイリングをするのにすごく違和感があったんですよね。
──そんなにロッタさんの存在は大きかったのですね!彼女の仕事のどんなところに魅力を感じているのでしょうか。
私はスタイリングを考えながらデザインするのですが、半年くらいずっと同じデザイン画を見続けるし、最初のアイデアが一番強いと思っているのでそこから変えることは難しいんです。でも、ロッタはいつも思いもよらない提案をしてくる。色の組み合わせ方とか、ボリュームがある袖なのに上からジャケットを着せるとか、短いソックスだけどブーツから少し見せるとか。新鮮で面白いし、可能性が広がる感じがするんです。本当は東京でショーを開催しようと画策したのですが結局難しくて。10周年だし楽しいことができたらいいな、と話し合い、2人共スムーズに仕事ができそうなアメリカで撮影することにしました。私はアメリカに行ったことがなかったのでちょっと怖かったのですが。
──ジェンファンさんはアメリカのカルチャーに詳しいのに、行ったことがなかったのですか!
それまでは全部妄想で語っていたんですよね…(笑)。今年の8月に1週間滞在して、最初の4日間はロケハンとスタイリングに費やしました。ロッタには「パーティピープル」みたいな印象もあるかもしれないですが、いつもとても真面目に取り組んでくれるんですよね。撮影は実質1日で終えました。
──アメリカの中でもカリフォルニア州のソルトンシティを選んだのはなぜでしょうか。何だかゴーストタウンみたいな感じですが。
映画『ガンモ』(1997)が好きなのですが、その設定と今の状況が似ているような気がして。大変だけど普通に生きていく、ということを表現するのにソルトンシティ がぴったりだと思ったんです。水は臭うし、治安も良くないけど、50~60年代そのままの雰囲気を残していてかわいかったです。
──フォトグラファーにモニ・ヘイワースさんを起用したのはなぜですか?
『ガンモ』みたいなムードを出したい、とロッタに相談したら薦められたんです。「知り合いですか?」と聞いたらそうではなかったんですけど(笑)。インスタグラムのメッセージでオファーしました。ロンドン出身でLAに住んでいて、ベテランの方です。ちなみにモデルのAmber Luciaは彼女の娘さんなんですよ。動画を撮ってからスクリーンショットするというやり方なので画像は荒いし、サイズもばらばら。でも不安定な感じを出したかったので結果良かったです。
──初対面のフォトグラファーやモデルと見知らぬ土地でよく撮影を遂行できましたね…!モデルは白目だったり極端に長いネイルだったりで怖い印象がしましたが、それは狙いだったのですか?
モニから「待ち時間が好きじゃないのでヘアメイクはなしだとうれしい」とリクエストされていたんです。それでヘアメイクなしでも違和感のある要素として白いコンタクトレンズやネイルを用意しました。40度を越す暑い時期だったのでロッタが自分の化粧品をモデルの顔に塗っていたらどんどん白くなっていって、「あ、これもかわいい」とそのまま撮ったり、アシスタントがいなかったので私がモデルのために日傘をさしたりとか、カオスでしたけど、すごく楽しかったです(笑)。町中が停電になったり、竜巻が襲ってきたりもしたんですよ!
──まさに映画みたいじゃないですか!憧れのアメリカは、実際に行ってみてどうでしたか。
ソルトンシティみたいな郊外はとても面白いし、住んでいる人々も興味深いし、インテリアもすごくかわいい。でも、LAといった都会はショッピングモールが多くて、商業主義的すぎました。想像のアメリカとは違ったかもしれません。
──これまでの10年を振り返って、思い出深いコレクションはありますか?
2013-14年秋冬でしょうか。同じ『ガンモ』をテーマにしたんです。
──なぜそんなに『ガンモ』が好きなんでしょうか。
私はアート系の人間じゃないから(笑)、カルチャー色が強い『ガンモ』を観たことがなかったのですが、ミキオ(夫の〈ミキオサカベ〉デザイナー、坂部三樹郎さん)に「ジェンファンは『ガンモ』の舞台になっている町に住んでいそう」と言われて。「ガンモ?イタリアンの料理名ですか?」と思いつつ(笑)観てみたら、希望があるかどうか、ハッピーかどうかは別として、どんな状況でも淡々と生活している感じがすごく好きだったんです。それで2013-14年秋冬は『ガンモ』をイメージしてバスタブに座ってスパゲティを食べる少女とダイナーで働いている町の人を表現して、最後にネットで買った白の全身タイツを着せた「宇宙人」を登場させました。するとショーの後にミキオから、「ショーで一番良かったのは宇宙人の服」と言われて。それでこのシーズンが一番印象に残っています。
バスタブに座って食事をする少女の周りをモデルたちが歩いた2013-14年秋冬。「宇宙人」が登場したラストシーン。
──それはまた微妙な思い出ですね…(笑)。「宇宙人」の起用もそうですけど、ジェンファンさんは独特の感性をお持ちだとつねづね思っているのですが、ちなみに今気になっていることってたとえば何でしょうか。
ブランドのインスタではコレクションの他に私が気になっていることがらも時々アップしているのでムードボードに近いかもしれません。ステイホーム中は時間があったこともあり、インスタで気になったスタイリストに服を送って自由に撮影してもらったりもしました。中本ひろみさんやLanaはスタイリングにかわいらしさがあるのに盛り過ぎないところが好きです。
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あとはクリストファー・ノーランの監督作品を観直したりしていますね。皆『不思議の国のアリス』とかが好きなタイプでしょ?と思われているかもしれませんが、そうじゃないんですよね…YouTubeのホラー番組「ゾゾゾ」にもはまっています。
──さすが予想の斜め上をいく解答ですね…10年を経て、今後はどのように考えていますか?
これまでは「Fax to all the sadness」をブランドのメッセージにしていたんですが、10周年を機に「Please, GOD , Please, don’t let me be normal.」に変えました。歳も重ねたし、「sad」になるほどピュアではないかもしれないな、と思って。2018-19年秋冬からはモードな見せ方にも挑戦しているし、時々ハッピーなこともある。今は、いくつになっても「normal」にはなりたくない、という気持ちです。新しい雰囲気やスタイルを見つけるためにも、いずれは東京と反応が異なる海外のコレクションにも参加したいと思っています。
キャンペーンに登場した2022年春夏のコットンのドレスの胸元に新しいメッセージが刺繍されている。
女優シガニー・ウィーバーが高校の卒業アルバムに引用したという一節。ミュージカル『ファンタスティックス』(1960)より。
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シュエ・ジェンファン
1979年台湾生まれ。ベルギーのラ・カンプルなどでファッションを学び、2006年夫・坂部三樹郎が手がける〈ミキオサカベ〉立ち上げに伴い来日する。11年〈ジェニーファックス〉をスタート。19年春夏から3シーズンロッタ・ヴォルコワがショーのスタイリングを手がけたことをきっかけに世界的な注目を集めるように。