渡辺えり
曲名♪そのキスが欲しい
初めて見たあの日から、 ずっと好きでよかったと思えた。
その日、現場に現れた渡辺えりさんはどことなく疲れているように見えた。聞けば、1日中取材され通しだったという。労りの言葉をかけると、渡辺さんは目をカッと見開き静かに答えた。
「でも、これはさ、ジュリー(沢田研二さん)の取材だからホッとしています」
ん!?それだと企画の趣旨とちょっと違うような……と一抹の不安を覚えながらも、ひとまずその話に耳を傾けてみた。
「何から話せばいいのかな。小学6年生のとき、『シャボン玉ホリデー』というTV番組でザ・タイガースが『僕のマリー』を歌っているのを見て、〝もう、この人だ〟って思っちゃったんですよ。それ以来ずっとタイガース、そして、そのボーカルだったジュリーの大ファン。初めて買ったレコードもザ・タイガースの『ヒューマン・ルネッサンス』でした。もうタイトルがいいじゃない?でも、当時はレコードを買うだけで不良って時代ですから、レコード屋の前を何度も行き来したんですよ。〝これを買ったら不良になっちゃう〟って(笑)。それでそのアルバムの中に入っている曲についての楽典を図書館で調べているうちに、音楽好きになっちゃったっていう。だから、今の自分を育ててくれたのが、ザ・タイガースでありジュリーだったって感じです。原点ですね」
さっきのお疲れムードはどこ吹く風。ジュリーへの見果てぬ愛の告白を始める渡辺さんはまるで乙女のよう。ならば、カラオケでもジュリー一択なのだろうか。
「歌うとなったら、やっぱりジュリーの曲ですよね。地元の中学時代の友だちがスナックを営んでいて、そこに行くと『おまえがパラダイス』なんかをよく歌います。だけど、実はカラオケってそんなに好きじゃないんです。っていうのも、私は山形から上京してきて、11年間もホステスのバイトをしていたんですよ。そうすると、カラオケを歌わなきゃいけないでしょ?私がジュリーのことを好きだって知っているお客さんは『時の過ぎゆくままに』とかをリクエストしてくれましたけど。カラオケに行くとその頃は苦労した思い出が蘇ってきてしまって……」
せっかくノリノリで語ってくれていたのに、水を差してしまったか。そう思って渡辺さんを見ると、再び目をきらめかせ意外な方向からオハコを語ってくれた。
「去年、山形県民会館でジュリーのコンサートを見たんですよ。これには本当に感激しました。地元でジュリーを見るのは初めてでしたから。実は中学生の頃、ザ・タイガースが山形に来たことがあるんですよ。でも、行ったら停学処分になるって言われて、泣く泣くあきらめた過去があるんです。だから、夢が叶って本当にうれしかった。中でも、『そのキスが欲しい』は最高でしたね。だって、歌詞が〝あなたは今夜から素顔がきれいだ〟ですよ?余分なものを取っ払え、あなたそのものでいてくれってことですから、中高年が一番言ってほしい言葉ですよね(笑)。なにより、還暦を過ぎても健康なままステージに立ち続け、政治的なメッセージも辞さないそのブレなさがかっこいい。60代になって体力的にもきついし、親の介護も大変だし、〝私はなんで芝居をやってきたんだろう〟って思い悩むこともありますが、ジュリーはあのときのままだから大丈夫だ、ずっと好きでよかったって思えた。それで自分のコンサートでも歌いたいと思って、近所のカラオケボックスに行って1人で練習したんです。この曲、すごい難しいんですよ。どこで息継ぎするんだって感じですから。でも、何度も歌って、ようやく歌えるようになって、コンサートでも歌えました。だから、オハコは『そのキスが欲しい』ですかね」
「そのキスが欲しい」/作詞=朝水彼方/作曲=SAKI&MATSUZAKI/歌=沢田研二