いい香りを纏うレディには、幸せが訪れるという。 見ているだけでも美しい、香水の奥深い世界を紐解きます。
フレグランスの世界〜第三章 日本人と香り

「香水を意味する〝perfume(パフューム)〟とは、ラテン語で〝煙によって〟という語源になります。香りには立ち上る性質があり、香水が誕生するずっと以前から、日本ではお香やキャンドルは神とつながるための手段として、神社や仏閣の儀式に使われてきました」(牧野さん)
香道などにも象徴されるように、日本人は古の時代から香りを神聖なものと捉え、重宝してきた。四季折々の草花や花々、果実の香りを愛でたり、旬の食材の香りを料理へ生かす文化からも、日本人のDNAには〝香り好き〟な一面が刻まれていること。さらには、香りが日本人のライフスタイルを鮮やかに彩ってきたことは否定できない。
そんな日本人に眠る〝香りラバー〟なDNAが覚醒されたように近年、日本人調香師が仕掛けるフレグラスブランドが増えている。そのひとつ、〈TOBALI〉は日本を代表する作家・谷崎潤一郎の作品に描かれた〝魅力は敢えて秘める事で昇華する〟というフレーズに感銘を受けて誕生している。知性と色気、強さと情愛など、相反する魅力を競演させ、日本人らしい〝秘める美〟を香りで創造している。昨年秋にパリのセレクトショップで世界先行発売されたのをきっかけにヨーロッパを中心に高く評価され、今年の2月に日本でデビューした。
また、日本発信の香りとは対照的に、海外から見た日本の文化や草花、女性像を表現した香りも実はたくさんある。その礎を築いたといっても過言でないのが、来年で生誕100周年を迎えるゲランの名香〈MITSOUKO(ミツコ)〉だ。日本海軍提督の妻でありながら若い英国人士官と恋に落ちる日本人女性・ミツコの神秘的な美しさや、穏やかさの内に秘めた情熱。そして、その2人を戦争で同時に失った後は社交界から潔く身を引き、1人で生きていく芯の強さを、重くて甘く、どこかミステリアスな雰囲気も漂うシプレノートで表現した。ミツコは香りの完成度の高さから、今でも調香師の学校で課題に取り上げられているという。
ほかにも緑茶や桜、京都など、日本伝統の美や文化は外国人調香師やクリエイターにインスピレーションを与え、香りとして具現化されている。小さな島国・日本のさまざまな特徴や産物が美徳として評価され、香りを通して世界中で表現されている今、私たち日本人が、香りを纏わないことはとてももったいないかもしれない。梅雨という水の時期にもう一度、自身にふさわしい〝香る水〟を探してみたくなる。
(右から)
気品と狂気を併せもつ 猿楽師・世阿弥を表現。
サフランやナツメグのスパイシーな香りが奥深いシダーウッドと絡み合い、穏やかながらも甘さを知らない気高い香りに仕上がっている。デザインも奥ゆかしい。
CYPRESS MASK EAU DE PARFUM 100ml ¥15,000(TOBALI 050-3786-2888)
控えめな中にも情熱を宿した 古き良き時代の大和撫子。
小説『ラ・バタイユ』に登場する日本人女性・ミツコからインスパイア。ベルガモットのフレッシュな幕開けからホワイトムスクとスパイスが融合したミステリアスで個性的なラストノートへうつろう。
ミツコ 香水 30ml ¥40,000(ゲラン 0120-140-677)
京都とフィレンツェ。 伝統的な都市を融合。
フィレンツェを象徴する花・アイリスと、京都を想わせる蓮の花が溶け合う、甘くて官能的なフローラルブーケ。ほのかに香り立ち、ユニセックスで使える。
オーデコロン チッター ディ キョート 100ml ¥18,000(サンタ・マリア・ノヴェッラ銀座 03-3572-2694)
日本の「梅」のただならぬ 美しさに惚れ込んで。
日本杉やツバキといった、エキゾチックなアジアの香りも取り入れ、梅の美しさをみずみずしく際立たせたところが型破り。モダンなデザインも素敵。
プラム ジャポネ オード パルファム スプレィ 50ml ¥28,000(トム フォード ビューティ 03-5251-3541)
京都・龍安寺の石庭に広がる 侘び・寂びを香りにも。
手がけたのは、日本人の女性調香師・村井千尋氏。京都の龍安寺の石庭にヒントを得たフローラル ウッディノートからは、凜としていて厳かな佇まいを感じる。
アール フレグランス ブラック ウード 50ml ¥16,500(フォルテ 0422-22-7331)
参考文献:広山 均『香り選書5 香りの匠たち ─香水王国フランス賛歌─』(2008 フレグランスジャーナル社)/ジャン=クロード・エレナ、芳野まい訳『香水 ─香りの秘密と調香師の技』(2010 白水社)
相良嘉美『香料商が語る東西香り秘話』(2015 山と渓谷社)/サビーヌ・シャベール、ローランス・フェラ、島崎直樹監修、加藤 晶訳『フォトグラフィー レア パフューム 21世紀の香水』(2015 原書房)
Photo: Masahiro Sanbe Styling: Yuriko E Text & Edit: Masumi Kitagawa Shooting cooperation: Morita Antiques