作詞家・三浦徳子が構築した
初期・松田聖子の世界観。
『風は秋色』で初のシングルチャート1位を獲得。怒涛の24曲連続1位の記録はここからスタートした。ハイトーンのサビは後半さらに転調して上昇していく。音域の広さも話題に。
M 作詞家の三浦徳子さんも、歌詞の新鮮さに気をつけていたと聞きました。
W そう。夜に書くとその日食事をした相手やいろんな人の言葉が頭に残っているので、次の朝起きてからまっさらな気分で書いていたようです。
M そこからも、聖子さんのフレッシュな魅力が出ていたんですね。5曲目は3rdシングル『風は秋色』。若松さんのYouTubeの質問コーナーに、ファンの方から『裸足の季節』と似たメロディが1か所あると指摘があった曲です。
W (笑)。作曲家には、好きなメロディラインというものがあるのでね。でも、そこまでみなさんが聴き込んでくださったことが嬉しかったですね。他にも、聖子が上京した時に小田急エースの地下の喫茶店でお父さんと3人でお茶したという話をしたら、「聖子さんがそのとき食べたのはかき氷でしたか? アイスクリームでしたか?」 という質問もあり。些細なことなのに、みなさんが本当に松田聖子を好きでいてくださるのを実感して嬉しかったです。アイスクリームだったと答えましたよ。
M いいお話です。アルバムの話に戻りますが、6曲目つまりB面の1曲目は『Only My Love』。
W コンサートのラストに欠かせないスローバラードで、B面がしっとりとスタートします。
M この時期から聖子さんのアルバムの曲をラジオで聴く機会が増えて、歌のうまさを実感したのを覚えています。
W 当初からアルバムではバラードも歌っていました。『スプーン一杯の朝』のような大人っぽい歌詞も、作詞家の三浦徳子さんがアイデアをくださるので。聖子の作品がコンセプトアルバムとしてずっと支持されている理由がそこにあります。
M 続いては『Eighteen』。年齢を歌詞に入れるのは、いかにも80年代のアイドル的でもあり。
W 平尾昌晃さんに曲を書いていただいて。平尾さんには、聖子が福岡にいたときにヴォーカルスクールでお世話になっていて、デビュー前から評価していただいた。レギュラー出演していたNHKの「レッツゴーヤング」でも平尾さんが司会をされていたので。その縁で一曲お願いしました。「18歳」というアイデアは平尾さんからで、ファンの方と共有できるいい曲をいただきました。
M 「レッツゴーヤング」は大人気でした。
W 公開放送だし、洋楽もたくさん歌うので鍛えていただいた部分も大きい。おかげで聖子の人気も出て。大変お世話になった番組です。
M 9曲目は『Winter Garden』、10曲目の『しなやかな夜』もミディアムトーンの歌声が美しい佳曲です。
W 時代的に録音予算もしっかりあったので、いい音源を残すことができました。当時は無我夢中で気づいていませんでしたが、今と比較して非常に恵まれた環境で作ることができたと思います。インペグさん(キャスティング・マネージャー)も松田聖子をおもしろがってくださり、必死になって一流のミュージシャンを集めてくださった。事前のトラック作りや音のバランスを取るミックスダウンも時間をかけてできたし。
M 今は違いますか?
W そうですね。技術的にも予算的にも、アレンジャーがデスクトップでほとんどの音を作るのが一般的ですし、スタジオではこの楽器だけ生音にしましょうといった感じで簡潔にレコーディングが終了する。そもそも音源そのものもメールで届きますからね。聖子とは関係ないのですが、昔FAXが普及した頃、作詞家の阿久悠さんが「FAXができてからクリエイティブが面白くなくなった」とおっしゃっていました。作品を見たときのディレクターの表情もわからないし、電話で「いただきました」と一言だけ。機械的になったと。
M ハードが進化するとソフトにも影響しますからね。
W CDが売れないので、今の録音予算は当時の1/10以下じゃないかな。いろんなミュージシャンが楽器を弾きながら曲調が変化したり、ヴォーカルの力でグルーヴが生まれたりといった、おもしろいもの、個性的なものが世の中に出ていきにくい環境なんです。聖子の場合で言うなら、少しくらい歌がフラットしても勢いがあるテイクを優先させていたし、それが曲の印象を強くしていた。詞の文学性、曲の洋楽的な新しさ、聖子の歌声。それぞれがぶつかりあって面白いものができていました。今はテレビにしても個性がない。
M というと?
W ネットもあるので(なんでも忖度して)バランスを取りすぎ、どんどんおもしろくなくなっていく。
M 聖子さんは、若松さんを常に信頼していたと伺いしました。
W 人気が出ると、たくさんの人がいろんなことを歌手本人に言ってくる。でも、不思議と僕の言うことだけは聞いてくれて。CMの話が事務所に来ても「若松さんはご存知なんですか?」とね。
M 福岡まで何度も足を運んでくださった意味を、誰より感じていらっしゃったからではないでしょうか?でも、そんな聖子さんも「これだけはちょっと」と難色を示したレコーディングがこの後にあったんですよね。
W そう、初めて歌入れが二日もかかってね(笑)。
続きは次回、3rdアルバム『Silhouette』について。「突然の雨」「北風」「輪郭」など、聖子さんのアルバムタイトルを翻訳すると実にリリカル。新しい才能も続々と参画して、聖子さんの快進撃はとどまることをしらず、さらに進化を遂げていきます。