映画、テレビからマンガ、本まで、 超目利きコラムニストが選ぶ今月の傑作
コラムニスト町山広美が選ぶ4月のカルチャー傑作
❶ ディズニー映画のいつものロゴに「星に願いを」のラテン・バージョンの演奏が、いきなり観客を沸騰させる。共同制作のピクサーにとって初のミュージカル、『リメンバー・ミー』の舞台はメキシコだ。音楽禁止!が掟の家庭に育ちながら音楽への情熱がおさえられない少年ミゲルが、彼の地のお盆にあたる死者の日に体験する奇天烈な旅。「人に忘れられる」という2度目の死と、亡き人からの消えない愛情が対になって動かす、冒険物語だ。メキシコの文化が映像にも新しい展開をもたらして、キャンドルの光、蛍光色の彩り、褐色の肌の表現が美しい。生気に満ちたミゲル君の頬の輝き、アステカ帝国時代から人とともに生活してきたメキシカンヘアレスドッグの肌ツヤも、見事にCG化。死者の日がもっとも盛大に祝われる町、オアハカへ旅行した記憶も刺激されつつ、メキシコと言えばフリーダ・カーロっていう文化の独占ぶりを茶化す粋に笑い、最後はまんまと涙涙。ラテン系の主人公が活躍する映画の興行的な限界、なんて予想を軽やかに覆して世界各国でヒット中。
『リメンバー・ミー』
©2018 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
1年に1度だけ亡くなった人に会える「死者の日」。少年ミゲルは憧れの歌手デラクルスの墓を訪れ死者の国に迷い込んでしまう。日の出までに生者の国に帰らないと永遠に家族と会えないと知り元の世界に帰る方法を探す。監督は『トイ・ストーリー3』のリー・アンクリッチ。3/16公開。
❷ 光沢、多様な肌色、「美しい」の表現の拡大。リアーナがプロデュースした、ファンデが40色にも及ぶコスメの成功もその例のひとつだし、黒人男性同士の愛とその人生をロマンティックに描いて前回のアカデミー賞作品賞を獲得した『ムーンライト』も、肌の色や光の美しさがこれまでの映画を更新していた。さらなる新展開は、アフリカの架空の国の国王にしてスーパーヒーローな主人公が世界を救う『ブラックパンサー』(ライアン・クーグラー監督)の大成功だ。原作は1960年代生まれのコミックだが、アフリカに実は資源大国が繁栄し最先端テクノロジーによるヒーローが誕生していたという設定は、世界の企業が進出を始めたアフリカの現状と呼応しつつ、資源がまっとうに現地の生活を豊かにする未来を夢見てもいて。そして『リメンバー・ミー』とも共通するルーツへの熱い思い、プライドも描かれる。さらに面白いのは、ブラックパンサーの活躍が、レディースありきだってこと。武器はやんちゃな天才科学者の妹が発明し、国政のビジョンは優秀なスパイでもある恋人に学び、一番頼りになる臣下はヒーロースーツ着なくても強い女戦士。みんなかっこいい!きゃあきゃあ助けを求めるスクリーミング女子なんかひとりも出てこない。撮影監督も女性だし。アフリカらしい色彩と造形を未来的に発展させた、アフロフューチャリズムがフルスロットルな建築、コスチュームやグッズにも目がひきつけられっぱなし。ロイヤルブルーのチェックにシルバーで文字をプリントしたブランケットとか、欲しいもの続々。
●商品化はまだと聞いても辛抱たまらず、ショップ「Masht Star」で、鮮やかなアフリカンプリントなのにタイトなワンピース、を手に入れて欲望を満たす。最近、2カ月に1回通ってる那覇で見つけたここ、アフリカの生地で服やグッズをつくってくれる。
『ブラックパンサー』
©Marvel Studios 2018
マーベル・コミック『ブラックパンサー』の実写版。表の顔は国王という異色のスーパーヒーローであり、マーベル初の黒人ヒーロー。演じるのはチャドウィック・ボーズマン。音楽はケンドリック・ラマー。4月公開の『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』へと続く重要作。公開中。
❸ 那覇に小さなアパートを借りて1年半。家族なく、都心の自宅とテレビ業界をぐるぐるするだけの早い生活に別のリズムをいれたかったからですが、スピードゆるめて過ごす地で昨秋、県立博物館の『ウィルソンが見た沖縄 〜琉球の植物研究史100年と共に〜』という展示に出会った。屋久島でもっとも有名な切り株「ウィルソン株」の由来にもなっているその人は、小学校卒の庭師からハーバード大学の植物学者になり、1世紀前の沖縄へまだ見ぬ植物を求めてやってきていた。卓越した構図の100年前の写真、樹齢300年の琉球松ののびやかさ凛々しさ。見惚れていると、同じ場所が現在どうなっているか、解説に殴られた。戦争で焼かれ、米軍基地として接収され。展示は、ジャーナリストの古居智子が彼の仕事を掘り起こした地元紙での連載が母体。それをまとめた『ウィルソン 沖縄の旅 1917』には、失われた美しさと忘れてはいけない事実が。
『Wilson in Okinawa ウィルソン 沖縄の旅 1917』
約2000種ものアジアの植物を採取し欧米に紹介したプラントハンターのウィルソン。1917年には17日間にわたって沖縄に滞在、沖縄古来の民家や自然などを撮影していた。戦争や基地建設、リゾート開発などでいまはもう見ることのできない風景がそこにはあった。沖縄の歴史を知ることのできる1冊。
(古居智子著/琉球新報社/¥2,324)
❹しかし「忘れてはいけない」は常套句で実際は、戦争そして戦後のことはそもそも知らない人が今の社会のほとんどを占める。私も知らない。でも知ればいい。第7巻でついに完結した漫画『あれよ星屑』は、敗戦直後の東京に始まる。まずは、軍隊で固く固く結ばれた2人の友情ロマンス。山田参助が生み出す男たちはたいそう色っぽく、惚れずにはいられない。切なくも愉快な彼らの物語は、闇市周辺でしぶとく生きる女や子ども、やくざ者や朝鮮半島ルーツの人々の群像劇に発展しながら、戦前そして中国へ赴いた戦中に、時間を行きつ戻りつし、たくさんの悲しみや痛み、なけなしの希望をはらんで、まさに「飲み込めない」終幕へと至る。今の社会が忘れたい、今の社会を覆う不穏のルーツが、ここでは鮮血を吹いている。
『あれよ星屑』最終巻
終戦直後の東京で雑炊屋を営みながら酒に溺れる復員兵・川島徳太郎と川島の軍隊時代の部下・黒田角松の「焼け跡闇市ブロマンス」。「このマンガがすごい! 2015」オトコ編で第5位にランクイン。作者の山田参助はゲイ雑誌出身で、本作は自身初の長編漫画。(山田参助著/KADOKAWA/¥680)
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町山広美
放送作家。『有吉ゼミ』『マツコの知らない世界』『MUSIC STATION』など数多くのテレビ番組の企画・構成を手がけ、『幸せ!ボンビーガール』ではナレーターも兼任。雑誌・新聞でも連載コラムを執筆している。